もあるわ。この頃幾度もそんな経験をしたので、前よりはずっと出来やすくなったわ。何かたまらないことがあると、私いつでも一生懸命、自分は宮様《プリンセス》だと考えてみるの。『私は、妖精《フェアリイ》の宮様《プリンセス》だ、妖精《フェアリイ》の私を傷けたり、不快にしたり出来るものがあるはずはない。』私自分にそういってみるの。そうするとなぜだか、いやな事は皆忘れてしまってよ。」
 そのうち、こんなことが起りました。四五日雨の続いた後で、町は肌を刺すように寒く、ぬかるみの上に物憂い霧がたてこめていました。そんな日に限って、セエラは何度となく使に出されるのでした。濡れそぼれて帰ってくると、ミンチン先生は何かの罰だといって、御飯も食べさせてくれませんでした。餓え、凍え、顔まで抓《つめ》られたような色になったセエラは、道行く人の同情を惹くくらいでした。が、彼女は同情の眼で見られているのも知らず、力の限り『つもり』になろうと努力していました。
「私は乾いた服を着ているつもり[#「つもり」に傍点]になろう。満足な靴を穿き、長い厚い外套を着、毛の靴下を穿き、漏らぬ雨傘を持っているつもり[#「つもり」に傍点]になろう。それから、それから――焼きたてのパンを売ってる店のそばまで来ると、二十銭銀貨が落ちていたとする。そしたら、私は店へ入って、ふうふういうような甘パンを買って、息もつかずにぺろぺろと食べてしまうわ。」
 そう独言をいいながら、足許に気をつけ、ぬかるみの中を歩道へ渡ろうとしますと、そこの溝の中に、何か光っているものがあるのを、セエラは目にとめました。泥にまみれてはいましたが、それは確かに銀貨でした。二十銭ではないが、十銭の銀貨でした。
「まア、ほんとだったわ。」セエラは、思わず呼吸をはずませました。
 とまた、嘘のようではありませんか。セエラが眼を上げると、真向いにパン屋の店があるのでした。店では一人、愉快な血色のよい母親らしい様子の女が、竈から今取り出したばかりの甘パンを――大きくふくれた、乾葡萄《ほしぶどう》の入った甘パンの大皿を、窓をさし入れているところでした。
 セエラは、この不思議な出来事にどきどきしているところへ、窓に甘パンの出てくるのを見、パン屋の地下室から漂うて来るおいしそうな匂《におい》を嗅いだので、ちょっとくらくら倒れそうな気持になりました。
 セエラは、この銀貨を使ったってかまわないのは知っていました。もう長いこと、泥濘《ぬかるみ》の中に落ちていたようですし、この人混の中で、落した人の判ろうはずもありません。
「でも私、パン屋のおかみさんに、何かお落しになりはしなかって? と訊いてみよう。」
 セエラは元気なくそう独言すると、歩道を横切り、濡れた足で入口の階段を登ろうとしました。その拍子に、セエラは何かをふと目に止め、思わず足を止めました。
 セエラの足を止めたのは、セエラよりも惨めな子供の姿でした。子供の姿は、まるで一塊《ひとかたまり》の襤褸《ぼろ》でした。赤い泥まみれな素足が、その襤褸の中から覗き出していました。恐ろしくこんがらがった髪の下から、大きな、ひもじそうな眼を見張っていました。セエラは一目で、この子が餓えているのを知りました。と、たちまちセエラは可哀そうでたまらなくなりました。
「この娘も、やっぱり人の子なのだわ。そして、この子は私よりもひもじいようだわ。」
 その子は、顔を上げてちょっとセエラを見つめると、身体をずらせて、セエラの通る隙をつくりました。その子は誰にでも道をゆずりつけていたのです。巡査にでも見付かったが最後「退《ど》け!」といわれることも、のみこんでいました。
 セエラは銀貨を握りしめ、ちょっとためらってから、その子供にいいかけました。
「あなた、ひもじい?」
「ひもじいのなんのって、たまらないの。」
「お午昼《ひる》を食べなかったの?」
「お午飯《ひる》どころか、朝飯も、晩飯もあったものじゃアないわ。」
「いつから、食べないの?」
「知るものか、今日は朝から何一つ食べやしない。どこへ行ってもくれないの。あたい、下さい下さいって歩き廻ったんだけど。」
 その子の姿を見ているだけで、セエラは気絶しそうにお腹が空いて来ました。セエラは切なくてたまらなくなりました。が、頭の中にはふと、またいつもの空想が働き出して来ました。
「もし、私が宮様《プリンセス》なら――位を失って困っている時でも――自分より貧しい、ひもじい人民にあったら、きっと施しをするわ。私は、そんな話をたくさん知っているわ。甘パンは二十銭で六つ――と、六つばかり一人で食べたって足りないくらいだわ。それに、私の持ってるのは十銭銀貨だけど、でも、ないよりかましだわ。」
 セエラは乞食娘に、
「ちょっと待ってらっしゃいね。」といい残して、パ
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