ラの欷歔《すすりなき》はだんだんおさまって来ました。こんなにへこたれるのは、いつもの自分らしくない、とセエラは意外に思いました。彼女は顔をあげて、エミリイの方を見ました。エミリイは横眼を使ってセエラの方を見ているようでした。その眼は硝子玉にはちがいありませんでしたけれど、何かセエラに同情しているようでした。彼女は身を屈《かが》めて人形を抱き上げました。悪かったという気持で、胸が一杯でした。
「お前が人形なのは、あたりまえだわね。お前は鋸屑なりに、出来るだけのことはしているのかもしれないわね。」
そういいながら、セエラはエミリイに接吻し、着物の皺を伸して、いつもの椅子の上にかけさせてやりました。
前からセエラは、隣の空家に誰か住めばいいのにと思っていました。というのは、その家《うち》の屋根裏の窓が、セエラの部屋のすぐ向うにあるからでした。その窓が開かれて、四角い口から誰かの頭や肩が出て来たら、どんなにいいだろうと思われました。
「立派な顔の人だったら、こっちから挨拶してみよう。でも、こんな屋根裏には、召使のほかいるはずはないわね。」
ある朝、セエラがお使から帰って来ますと、引越の荷車がその家《うち》の前に止っていました。セエラは運びこまれる家具の類から、そこに住むのがどんな人か、たいてい想像のつく気がしました。
「お父様と初めて来た時、ここのお道具はミンチン先生そっくりだ、と思ったことがあったわ。大屋敷にはきっと、むくむくした肱掛椅子《ひじかけいす》や、寝椅子《ソファー》があるに違いないわ。あの紅い壁紙の色だって、大屋敷の人達のように温かで、親切そうで、幸福そうに見えるわ。」
引越の荷車からは、丹念に加工した麻栗樹《チイク》の卓《テーブル》や、東洋風に縫取《ぬいとり》の施してある衝立《ついたて》などが下されました。それを見ると、セエラは妙に懐郷的《ノスタルジャー》な気持になりました。彼女は印度にいた時には、よくそうしたものを見たものでした。ミンチン先生に取り上げられたものの中にも、彫刻のある麻栗樹《チイク》の机が一つあったのでした。
「綺麗なお道具だこと! きっとこれを持ってるのは立派なお方よ。大がかりなところもあるから、お金持なのかもしれないわ。」
その家具には、どこか東洋的なところがある上、立派な仏殿《ぶつだん》に入った仏像が一つ運び出されたのを見ると、この家《うち》の人は印度にいたことがあるに違いありません。
「屋根裏の窓から首を出す人はないかもしれないけど、この家《うち》の人とは、何だかもう親しいような気がするわ。」
夕方牛乳を運び入れる時、セエラは大屋敷の御主人が、新しく越してきた家《うち》へ入って行くのを見かけました。そのうち出て来て、人夫達に指図をしたりするのでした。きっと大屋敷とこの家《うち》とは親しい間柄なのでしょう。
「子供があれば、大屋敷の子供達も、きっとこの家《うち》に遊びに来るわ。そして、面白がって屋根裏へ登って来ないとも限らないわ。」
その晩、セエラのところに来たベッキィは、こんなことをいいました。
「お嬢さん、お隣に越して来たのは、印度の人ですってさ、色は黒いかどうか知らないけど。大変なお金持で、大屋敷の旦那様は、その方の弁護士なんですって。あまり心配事があったので、身体を悪くしてしまったのですって、あの人は、木や石を拝む邪宗徒なのよ。何か妙な偶像を運んで行くのを、私見てよ。」
「でもそれは、拝むわけじゃアないんでしょう。仏像にはいいものがあるから、拝むためじゃアなく、眺めるために持ってる人があるのよ。うちのお父様も、一ついいのを持ってらしったわ。」
ある日、一台の馬車がその家《うち》の前に止りました。馭者《ぎょしゃ》が戸を開けると、大屋敷の父親や、看護婦が下りました。すると、玄関から下男《げなん》が二人駈け降りて来ました。馬車から助け下された印度の紳士は、骸骨《がいこつ》のように痩せ衰えた体を毛皮で包んでいました。大屋敷の主人はひどく心配そうでした。まもなく、お医者様の馬車が着きました。
その日、セエラがフランス語の組に出た時、ロッティはそっといいました。
「セエラちゃん、お隣には黄色い顔の小父《おじ》さんがいるのね。支那人《しなじん》かしら? 地理の本には、支那人は黄色い顔をしている、と書いてあったけれど。」
「支那人じゃアないことよ。あの小父さんは、大変おからだが悪いのよ。――さア、練習問題をおやんなさい。『ノン・ムシウ。ジュネ・パ・ル・カニフ・ド・モンノンクル。』(いいえ、私は伯父さんのナイフを持っていません。)」
そうして、それから印度紳士の話が始まりました。
十一 ラム・ダス
時とすると、広場で見る夕焼《ゆうやけ》もなかなか美しいものです。が、街から
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