は、前からよく知っていましたが、乞食に間違えられようとは思いもよりませんでした。
走り出した馬車の中で、大屋敷の子供達ははしゃいで、しゃべり出しました。
「どうして、お金なんかやったの?」ジャネットはギイ・クラアレンスにいいました。「あの娘《こ》は乞食なんかじゃアないと思うわ。」
ノラもいいました。
「口の利き方だって、乞食みたいじゃアなかったわ。顔も乞食のとは見えなかってよ。」
「それに、おねだりしたわけでもないじゃアないの。」ジャネットはいいつづけました。「私、あの娘が怒りゃアしないかと思って、はらはらしていたのよ。乞食でもないのに、乞食と見られたら、腹の立つのがあたりまえだわ。」
「でも、あの娘は怒ってやしなかったよ。」と少年はいいました。「あの娘はちょいと笑って、あなたはほんとに親切な、可愛い方だといったよ。その通りさ。僕は僕の持ってるだけをやったんだもの。」
ジャネットとノラは眼を見合せました。
「乞食の子なら、そんなことはいうはずがないわ。『おありがとう、旦那様、おありがとうございます』っていう風にいって、ぴょこぴょこ頭を下げるはずだわ。」
セエラはそんな話があったとは、知るよしもありません。が、その時以来、大屋敷の人達は、セエラが大屋敷に感じているような興味を、セエラに対して持ちはじめていたのでした。セエラが通りますと、子供部屋の窓に、子供達の顔がいくつも現れました。皆はよく炉のまわりでセエラのことを話し合いました。
「あの子は、学校で小使娘みたいなことをしているらしいのよ。」と、ジャネットはいいました。「誰もめんどうを見てやるものはないようよ。きっと孤児《みなしご》なのだわ。でも、決して乞食じゃないことよ。なりは汚いけど。」
で、それからはセエラを『乞食じゃアない小さな女の子』と呼ぶようになりました。あまり長い名なので、小さい子達が急いでいうと、ひどく滑稽に聞えました。
セエラは、あの銀貨に工夫して穴をあけ、細いリボンの切端《きれはし》を穴に通して、首に掛けました。セエラは、大屋敷がだんだん好きになりました。好きなものは何でもますます好きになるのが、セエラの癖でした。ベッキィにしても、雀達にしても、鼠の家族にしても――エミリイに対しては、殊にそうでした。セエラは前から、エミリイには何でも解ると思っていたのでしたが、時とすると、今にもエミリイが口をきき出しはしまいかと思われるのでした。が、エミリイは何を訊ねられても、返事だけはしませんでした。
「返事といえば、私だってよく返事をしないことがあるわ。恥《はずか》しい目にあった時などは、黙って皆を見返して考えていると、一番いいのよ。怒《いかり》くらい強いものはないけど、怒をじっと我慢しているのはなお偉いわ。だから、苛める人達には返事をしないに限るわ。殊によるとエミリイは、私自身が私に似ているよりよけいに、私に似ているのかもしれないわ。エミリイは味方にさえも返事なんかしない方がいいと思っているのかもしれないわ、何もかも自分の胸一つに包んで。」
そう思いはしましたが、あまり酷い目にあったり、恥しい目にあったりすると、ただ棒のように立っているきりのエミリイを、生きてるものと想って、自分を慰めるのも、莫迦らしくなって来ることがありました。
ある寒い晩のことでした。セエラは空いたお腹をかかえ、煮えくりかえるような胸を抱いて、屋根裏へ帰って来ました。と、エミリイは今までにないうつろな眼をして、鋸屑《おがくず》を詰めた手足を棒のように投げ出しているのです。たった一人のエミリイまでこんなでは――セエラはがっかりしてしまいました。
「私は、もうすぐ死んでしまうよ。」
そういわれても、エミリイは、うつろな眼を見開いているばかりでした。
「もう我慢が出来ないわ。寒いし、着物は濡れてるし、お腹は死にそうに空いているんだもの。死ぬにきまってるわ。朝から晩まで、まア何千里歩いたことだろう。それなのに、料理番の要るものが見付からなかったからといって、晩御飯を食べさせてくれないの。ぼろ靴のおかげで、私が辷《すべ》ったら、皆は私を嗤《わら》うのよ。私は泥まみれになってるのに、皆はげらげら笑ってるのさ。エミリイ、わかったかい?」
エミリイの硝子玉《ガラスだま》の眼や、不服もなさそうな顔付を見ると、セエラは急にむかむかして来ました。彼女は小さい手を荒々しく振り上げて、エミリイを椅子から叩き落しますと、急に欷歔《すすりな》きはじめました。セエラが泣くなどとは、今までにないことでした。
「お前はやはり、ただの人形なのね。人形よ、人形よ。鋸屑のつまってる人形に、何が感じられるものか。」
ふと、壁の中にただならぬ物音が起りました。メルチセデクが誰かを折檻《せっかん》しているのでした。
セエ
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