な気がしました。
プリンセス・セエラとして馬車に乗り、女中を従えていた時には、よく通りがかりの人が振り返って見たものでしたが、今は、使《つかい》に出歩くセエラを、眼にとめるものもありませんでした。ぐんぐん脊丈《せたけ》は伸びて行くのに、古い着残りしかないので、形の整わないのはもとよりのことでした。セエラは時々商店の鏡に映る自分の姿をちらと見て、思わず吹き出すこともありましたが、時とすると顔を紅らめ、唇を噛んで、逃げ出さずにはいられませんでした。
日が暮れて、窓の中に灯がともると、セエラは通りがかりに暖かそうな部屋を覗いて見るのが常でした。火の前に坐ったり、テエブルを囲んで話したりしている人達を見て、彼女は、よくその人達のことを想像してみるのでした。ミンチン女塾のある一劃《いっかく》には、五つか六つの家族が住んでいました。セエラはそれぞれの家族と、彼女の空想の中で親しくなっていました。その中で一番好きな家族を、セエラは『大屋敷《おおやしき》』と呼んでいました。というわけは、その家《うち》の人が大きいからではなく、その家には人がたくさんいるからでした。そのたくさんの人達は、大きいどころか、子供の方が多いくらいでした。肥った血色のいいお母さんと、肥った血色のいいお父さんと、これもまた肥った血色のいいお祖母さんと、八人の子供と、たくさんの召使と――これが『大屋敷』の人達でした。大屋敷のほんとうの名は、モントモレンシイというのでした。
ある晩のことでした。非常に滑稽なことが持ち上りました。もっとも、考えようによっては、ちっとも滑稽なことではなかったかもしれません。
セエラがモントモレンシイ家の前を通りかかると、子供達はどこかの夜会へでも出かけるらしく、ちょうど舗道《ペーヴメント》を横切って馬車の方へ歩いて行《いく》ところでした。二人の女の子は、白いレエスの服に美しい飾帯《サッシ》を着けて、先に馬車へ乗りました。それにつづいて、五歳の少年ギイ・クラアレンスが乗りこもうとしていました。少年の頬は紅く、眼は青で、丸い可愛い頭は巻毛に被われていました。あまり美しいので、セエラは手籠を持っていることも、自分の身装《みなり》のみすぼらしいことも――何もかも忘れ、もう一目少年を見たい気持で一杯になりました。で、彼女は思わず立ち止って、少年を眼で追いました。
ちょうど降誕祭《こうたんさい》の前でしたので、大屋敷の人達は貧しい子供達の話をいろいろ聞いていました。ギイ・クラアレンスは、その日そんな話を読んで涙ぐんだほどでした。で、彼はどうかしてそんな子を見付け、持合せの二十銭銀貨を施したいと思っていたところでした。彼はその二十銭で、貧しい子の一生が救えるものと思っていたのでした。彼が姉につづいて馬車へ乗ろうとした時にも、その銀貨はポケットの中にありました。乗ろうとしてクラアレンスは、ふとセエラが餓えたような眼で自分を見ているのに気づいたのでした。
セエラが餓えたような眼をしていたのは、この少年に抱きついて接吻《せっぷん》したいからでした。が、少年は、セエラが一日中何にも食べなかったから、そんな眼をしているのだろうと思いました。で、彼はポケットに手を入れ、銀貨を持って、セエラの方へ歩いて行きました。
「可哀そうに。この二十銭を上げるよ。」
セエラはびっくりしました。が、すぐ、今の自分は、昔自分が馬車に乗るのを見上げていた乞食娘にそっくりだと気づきました。セエラも、よくそうした娘達に銀貨を施してやったものでした。セエラは一度紅くなってから、また真蒼になりました。セエラはその情《なさけ》のこもった銀貨に、手も出せないような気がしました。
「あら、たくさんでございます。わたくし、ほんとうにいただくわけはございません。」
セエラの声は、そこらの乞食娘の声などとは似ても似つかぬものでしたし、ものごしも良家の令嬢そっくりでしたので、馬車の中の少女達はのり出して耳を傾けました。
が、ギイ・クラアレンスは、せっかくの施しをやめるのがいやでしたので、銀貨をセエラの手の中に押しこみました。
「君、とってくれなくちゃア困るよ。これで、何か食べるものでも買いたまえ。二十銭あるんだからね。」
少年は、非常に親切な顔をしていました。セエラがこの上拒みでもすると、ひどく気を落しそうなので、セエラは素直にお金を取らなければ悪いと思いました。で、ようよう我を折りはしましたが、頬は真赤に燃えました。
「ありがとう。坊ちゃんはほんとうに御親切な、可愛い方ね。」
少年が悦ばしげに馬車へとびこむのを見ると、セエラもそこを去りました。息苦しいけれど、ほほえみたい気持でした。彼女の眼は霧の中できらきら光っていました。セエラは自分が妙な恰好《かっこう》をしていること、みすぼらしいこと
前へ
次へ
全63ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
バーネット フランシス・ホジソン・エリザ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング