るのを聞いていると、だんだん鼠を見てみたくなりました。彼女は寝台《ベット》の端にのり出して来て、セエラが壁の腰板にある抜穴のそばに跪くのをじっと見ていました。
「そ、その鼠、ふいに駈け出して来て、寝台《ベット》の上に上って来たりしやアしなくって?」
「大丈夫。私達と同じようにお行儀がいいのよ。まるで人間のようだわ。さ、見てらっしゃい。」
セエラは聞えるか聞えないほどに、口笛を吹きました。何か呪文を称《とな》えるように、四五たび吹きました。すると、それを聞きつけて、灰色の頬鬚を生やした鼠が、眼をきらきらさせて、穴から顔を出しました。セエラがパン屑をやると、メルチセデクは静かに出て来て、それを食べました。彼は少し大きな屑を持って、小忙《こぜわ》しげに帰って行きました。
「ね、あれは、おかみさんや子供達に持ってってやるのよ。えらいでしょう。自分は小さいのだけ食べるのよ。帰って行くと、家《うち》のもの達が悦《よろこ》んで、ちゅうちゅう大騒ぎよ。ちゅうちゅうにも三通りあるのよ、子供のちゅうちゅうと、メルチセデク夫人のちゅうちゅうと、それからメルチセデク君のちゅうちゅうと。」
アアミンガアドは笑い出しました。
「セエラさんは変ってるわね。でも、いい方ね。」
「私変っていてよ。私はまたいい人になりたいと思ってるのよ。」セエラは小さな手で顔をこすりました。そして、やさしい少し悩ましい顔になりました。「パパもよく私を笑ったものだわ。でも、私笑われてうれしかったわ。私は変人だけど、私のいう出まかせは面白いと、パパは仰しゃってたわ。私、お話を作らずにいられないのよ。お話を作らずには生きていられないのよ。」セエラはちょっと口を噤《つぐ》んで、部屋の中を見廻しました。「少くとも、こんなところに住んでいられるはずはないわ。」
アアミンガアドは、だんだん惹き入れられて来ました。
「あなたが話すと、何でも、皆ほんとのように思えてくるわ。あなたは、メルチセデクのことを人間のように仰しゃるでしょう。」
「人間なのよ。あれは私達と同じように、ひもじくなったり、吃驚《びっくり》したりするわ。それから結婚して、子供も持ってるわ。だから、あれだって私達のように、何も考えないとはいえないでしょう? あれの眼は、人間の眼のようだわ。だから私、あれに名をつけてやったのよ。」
セエラは、いつものように膝を抱えて、床に坐っていました。
「それにあれは、私の友達としてつかわされたバスティユ鼠なのよ。」
「まだバスティユのつもりなの? いつでも、ここはバスティユだというつもり[#「つもり」に傍点]でいらっしゃるの?」
「たいていそのつもりよ。時とすると、どこか別の所のつもり[#「つもり」に傍点]にもなるけど、バスティユのつもり[#「つもり」に傍点]になら、すぐなれるわ。殊に寒い日などには。」
ちょうどその時、アアミンガアドは寝台《ベット》から転《ころが》り落ちそうになりました。向うから壁をコツ、コツと叩く音を聞いたからでした。
「なアに? あれ?」
セエラは立ち上って、お芝居の口調で答えました。
「あれこそは、隣の監房にいる囚人じゃ。」
「ベッキイのこと?」
「そうよ。こうなの、コツ、コツ と二ツ叩くのは、『囚人よ、そこにいるのですか?』という意味なの。」
セエラは返事でもするかのように、こちらから壁を三度叩きました。
「ね、これは、『はいおります。別に変りはありません。』という意味なの。」
すると、ベッキイの方から、コツ、コツ、コツ、コツと、四つ叩く音がしました。
「あれは、こうなの、『では、同胞《きょうだい》よ、安らかに眠りましょう。お休みなさい。』」
アアミンガアドは、うれしさのあまり眼を輝かせました。
「まるで、何かのお話みたいね。セエラさん。」
「みたいじゃアなくて、ほんとにお話なのよ。何だってかんだって物語だわ。あなただって一つの物語だし――私も一つの物語よ。ミンチン先生だって、やっぱり物語だわ。」
セエラはまた床に坐って話し出しました。アアミンガアドは、自分がいわば脱走囚のようなものだということなぞ忘れて、セエラの話に聞きとれていました。で、セエラは彼女に、このバスティユに夜通しいてはならないから、そっと梯子を降りて、自分の寝室《ベット》へ行くように、注意しなければなりませんでした。
十 印度の紳士
が、アアミンガアドやロッテイは、そう毎晩屋根裏に忍んで行ったわけではありません。セエラはいつ行っても屋根裏にいるというわけではありませんし、抜け出たあとをアメリア嬢に見舞われる惧《おそ》れもないではありませんでした。で、セエラはたいてい一人ぼっちでした。彼女は屋根裏に一人いる時よりも、階下《した》で皆の間にいる時の方が、よけい一人ぼっち
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