まいかと、私気にしていたのよ。」セエラは考え深そうに額に皺を寄せて、「ことによると、それを私に解らせるため、辛い目にあわせられたのかもしれないわ。」
「そんな目にあったって、ちっともありがたくはないと思うわ。」
「私だって、ほんとうはありがたいと思ってるわけじゃアないのよ。でも、私達にはわからないところに、よいものがないとも限らないでしょう。ミンチン先生にしたって――。」
セエラは疑わしげに――「いいところが、あるのかもしれないわ。」
アアミンガアドは、怖々《こわごわ》そこらを見廻して、セエラに訊ねました。
「あなた、こんなところに住めると思うの?」
「こんな所でも、こんなじゃアないつもり[#「つもり」に傍点]になれば、住めると思ってよ。でなければ、これは、あるお話の中の場面だと思っていればね。」
セエラは静かに語りました。うまい具合に空想がまた働き出して来ました。ふいに辛い目にあってからこのかた、セエラは一度もまだ、空想によって慰められたことがなかったのでした。
「もっとひどい所に住んでた人もあるのよ。モント・クリスト伯爵はシャトオ・ディフの牢屋に押しこめられていたでしょう。それから、バスティユに抛《ほう》りこまれた人達だってあるでしょう。」
アアミンガアドは口の中で、
「バスティユ。」といいました。いつかセエラが芝居がかりで話してくれた事がありましたので、アアミンガアドもフランス革命の話だけは覚えこんでいました。
セエラの眼は、いつものように輝いて来ました。
「つもり[#「つもり」に傍点]になるのは、バスティユがいいわ。私はバスティユの囚人なの。私は、もう幾年も幾年もここに押しこめられていたの。世の中の人達は皆、私のことなんか忘れてしまっているの。ミンチン先生は監守で、それからベッキイは――」ふと新しい光が、セエラの眼に加わりました。
「ベッキイは、お隣の監房にいる囚人なの。」
セエラは、昔の通りな顔になって、アアミンガアドの方を向きました。
「私、そのつもり[#「つもり」に傍点]になるわ。つもり[#「つもり」に傍点]になってると、どんなにまぎれていいかしれないわ。」
アアミンガアドは、たちまち夢中になりました。
「そしたら、私にもつもり[#「つもり」に傍点]のお話をみんなしてちょうだいね! 見付けられそうもない晩には、いつでもここに来ていいでしょう? そしたら、あなたが昼間のうちに作っといたお話を聞かしてちょうだいね。そんなことをしていると、きっと今までよりも、もっと仲よしになったような気がすることよ。」
「いいわ。何か事が起ると、人の心もわかるものね。私の不幸《ふしあわせ》は、あなたがほんとうにいい方だってことを教えてくれたのね。」
九 メルチセデク
セエラを慰めてくれた三人組《トリオ》の第三人目はロッティでした。ロッティはまだねんねエでしたので、不幸とはどんなことだかも、よく解りませんでした。で、若い養母《おかあ》さんの様子がすっかり変ってしまったのを見ると、途方にくれるばかりでした。彼女は、セエラの身の上に何か起ったということは耳にしましたが、だからといって、どうしてあんな古い服を着ているのだか、なぜ教室でも自分の勉強はせず、他人の勉強ばかり見てあげているのだか、合点が行きませんでした。小さい子供達は、あのエミリイのいた美しい部屋に、セエラはもういないのだということを、しきりに小声で話し合っていました。それにセエラに何か問いかけても、ろくに返事もしません。
セエラが、初めて小さい子達のフランス語を見てやった朝、ロッティは、そっとセエラに尋ねました。
「セエラちゃん、あなた、ほんとにもうお金持じゃアないの? あなたは、乞食みたいに貧乏なの? 乞食みたいになんかなっちゃアいや。」
ロッティは今にも泣き出しそうでしたので、セエラは周章《あわて》てロッティをなだめにかかりました。
「乞食には、お家《うち》なんかないけど、私には、お部屋があるのよ。」
「どこにあるの? 私、行ってみたいわ。」
「おしゃべりしちゃア駄目よ。ミンチン先生が睨めてるじゃアないの。あなたにおしゃべりさせたといって、いまに私が叱られるわ。」
が、ロッティは、一度いい出したら、なかなか諦めない性質の子でした。で、セエラがいる所を教えてくれないなら、何か他の方法で、セエラのいる所をつきとめようと思いました。ロッティは大きい子達のおしゃべりに耳をすましているうち、ある時、ふとした言葉尻から、セエラが屋根裏にいるのだということを知りました。その日の暮近く、ロッティは一人、今まであるとも気づかなかった階段を登って行きました。二つ並んでいる戸の一つを開けると、セエラは古ぼけたテエブルの上に立って、天窓から外を見ておりました。
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