「セエラちゃん、セエラ母ちゃん。」
 ロッティは呆気《あっけ》にとられた形でした。室内があまりにみすぼらしく、世の中からあまりかけ離れた所のように思えたからでした。
 セエラは振り向くと、これも呆気にとられた形でした。これから、どうなることだろう。もしロッティが泣き出しでもしたら――泣声がひょっと誰かの耳にでも入ったら、二人とももうおしまいだ。――セエラはテエブルから飛び下りて、ロッティの方へ走り寄りました。
「泣いたり、騒いだりしちゃア駄目よ。そうすると、私が叱られるからね。でなくても、私一日中叱られ通しなんですもの。ね、この部屋は、そんなにひどくもないでしょう?」
「ひどくない?」
 ロッティは唇を噛みながら、部屋の中を見まわしました。彼女は甘やかされてはいましたが、セエラが非常に好きなので、この養母《おかあ》さんのためになら、どんな我慢でもしようと思っていました。すると、セエラの住んでいる所なら、どんな所でもよくなるような気がして来ました。
「ひどいなんてことないわ。セエラちゃん。」
 セエラはロッティを抱きしめて、無理にも笑おうとしました。ロッティのむっちりした身体の温かさを感じると、セエラは何か慰められるような気がしました。その日は、セエラには殊に辛い日でしたので、ロッティの入ってきた時には、眼を紅くして、窓の外を見つめていたのでした。
「ここからはね、階下では見えないものが、たくさん見えるのよ。」
「どんなものが見えるの?」
「煙突や、雀や、それからよその屋根裏の窓や。――窓からよく人の顔がひょいと出て来るのよ。すると、あれはどこのお家《うち》の人かしらと思うでしょう。それに、何だか高い所にいるような気がするでしょう――まるで、どこか違った世界に来たような。」
「私にも見せて。抱いてみせて!」
 セエラはロッティを抱き上げ、一緒に古いテエブルの上に立ちました。二人は天井の明りとりの窓から頭を出して、そこらを見廻しました。
 屋根裏の窓から外を見た経験のない方には、二人の眼に何が映ったか、想像もつかないでしょう。石盤《スレート》葺の屋根が、左右の両樋の方へなだれ落ち、雀等が、そこらを何の怖れもなさそうに飛び歩きながら、囀《さえず》っていました。そのうちの二羽は、すぐそこの煙突の先にとまって、大喧嘩をした末、一羽はそこから逐いたてられてしまいました。隣家《となり》は空家なので、屋根裏部屋の窓も閉っていました。
「あそこにも誰かが住んでいてくれるといい、と私思うのよ。」セエラはいいました。「近いから、あそこに娘さんでも住んでるとしたら、窓越しにお話も出来るわ。落ちる心配さえなければ、屋根から屋根へ行き来も出来ると思うの。」
 空は、往来から見上げた時より、ずっと近くに見えるので、ロッティは恍惚《うっとり》となってしまいました。下界に起っているいろいろの事は、煙突にかこまれてこの窓からは、まるで嘘のように思われました。ミンチン先生も、アメリア嬢も、教室も、ほんとうにあるのかないのか、判らなくなって来ます。広場の車馬の響さえ、何か別の世界の物音のように聞えて来るのでした。ロッティは思わずセエラの腕にしがみつきました。
「セエラちゃん、私このお部屋好き――大好き。私達の部屋よりよっぽどいいわ。」
「あら、雀が来てよ。パン屑でもあれば、やりたいのだけど。」
「私、持っててよ。」
 雀は、屋根裏にお友達がいようとは思わなかったので、パン屑を投げられると、驚いて一つ向うの煙突の先へ飛び退きましたが、セエラがちゅっちゅっと雀の通りに口を鳴らしますと、雀はせっかくの御馳走に脅かされたのだと気づいたらしく、首を傾げてパン屑を見下しました。それまで、おとなしくしていたロッティは、耐《こら》えきれなくなりました。
「来るでしょうか?」
「来そうな眼をしてるわ。来ようか、来まいか、と迷っているのよ。あら、来そうだわ。ほら、来たわ。」
 雀は、しばらくためらって後、大きなかけらを素早く嘴《つま》んで、煙突の向うへ飛び去りました。が、じき一羽の友を伴れて、戻って来ました。友はまた友を伴れて来ました。ロッティ[#「ロッティ」は底本では「ロィテッ」]はうれしさの余り、初め部屋のみすぼらしさに胸を打たれたことなど忘れてしまいました。セエラ自身も、ロッティによって、今まで気づかなかったここの美しさを知りました。
「この部屋は、小さくて高いところにあるから、鳥の巣といってもいいわね。天井がかしいでいるのも面白いでしょう。こっちの方は低くて、頭がつかえそうね。私夜が明けると、床の上に坐って、窓から空を見上げるのよ。すると、窓はまるで四角な明るみの継布《つぎ》みたいなのよ。お天気の日には、小さな薔薇色の雲がふわふわ浮いてて、手を伸したら届きそうなの。雨の日には雨
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