私は悪い友の中でばかり遊んだ。善良なものを見ぬために、不良なものを当り前と思い込んだ。それが今頃になって漸く分って来たのである。
誰か私を縛る繩を解いて呉れ、耳へ詰っている砂を掘り出して呉れ、魚の鱗のような曇りを私の白内障のような眼から取り去って呉れ。
おお、それ丈ではない。早く、早く、今の内、あしたではもう遅い。今直ぐ、何処かに繩でつるされて唸っている継子を下へ下してやって呉れ、焼火箸を継母の手から取り去って呉れ。
きびし過ぎる親と、無関心過ぎる親とを集め、私を実例にして何か恐ろしい事を講話してやって呉れ。虐待される幼児達を悪い親の手から離して、情深い師匠の下に置いて呉れ。
それが済んだら、子供達の偏屈と意地悪とを矯正してやって呉れ、幼芽の中は樫でさえ好くしなう。それが肝心な所である。
柔和な話を聞かせ、さらに、柔和な行為を現実で見せてやり、何を模倣す可きか、よりも、之を模放せよ、之を習慣にせよ、と教えてやって呉れ。此の模倣、この習慣からこそ将来、何をなす可きか、を知る健全な思慮は生れ出ずるのである。車を正しく走らすために、軌道を与える事、之が何よりも初めの仕事である。
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