であろうか?
私には分らない。あまり信用のおけぬ潜在意識下に何か私の顕在意識と異った思想が埋没されていて、それが浅間しくも夢の姿で現れて来るのか? 私は根からの悪人なのか? それとも、之は何か心の狂いに過ぎぬのか?
「楽しい場合にも、苦しい場合にも、お前達は互いに人と人との間の深い縁を感じあえよ。楽しい場合には、それに依って楽しみが倍になるし、苦しい場合には、その苦しみが和らげられるのではないか。」
私は此の頃強く痛く如上の言葉の正しさを感じているのだ。それは簡単な教えである。
「愛してやれよ。」と云う声が上から聞え、
「愛して下さい。」と云う声が下に聞えているではないか。
私が火傷した老職工の家庭を助けてやろうと考え、又それを実行して来たのは一体何故であり、何の目的であったか? 之をも「復讐の代償」と呼び捨てる無慈悲な人が何処にいるだろう。ああ之が自暴自棄から起った業とらしい忍苦だと誰が判断するか?
おお、眼にはっきりと見えて来る。老人は爛れた神経の尖に熱した針の苦痛を味って床の上を転がり廻っている。幼い子供は恐ろしがって南京鼠のように怯え、慌て、這い廻っている。一番小さい子
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