を洩らした。彼は一個の労働者であると告白したが、そんな低い階級に似ず、恐らく私も及ばぬ知見を持っていた。
 彼は自身が経験した或る事件に就いて、一つの伝記風な小説を書きかけている事、それを順々に見て貰い、批評して貰いたい事を私に告げた。
「私が何んな奴だか、今に皆別って来ます。すっかり分って了います。」と少し気味悪い動作の青年は悲し相に舌をふるわした。
 軈て私は何を見、そうして驚いたか!
 私の嘗て知らない不思議な世界が此処から開け初めた。青年の文章は暗い光とでも云う可きものを以て私の胸を照らした。此処には「神聖なものへの反抗」があり、私の心の中には見出せない複雑な考えがあった。
「悪」それが主位を占め、そして君臨する所の精神を、私は単なる心理学的興味からでなしに、もっと異様な驚きと嘆きとで見入った。私はそれに引つけられ、又蹴はなされた。それにも拘らず、私は彼の青年へ何処迄も接触して行こうとする勇気の為めに立ち上った。ああ此の青年が何んなに私の平安な生活を破壊して呉れたか? それは後に皆明白となるであろう。
 彼の青年は確かに私達とは別な性質を到る所で発露した。たとえば、彼は面識なき
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