私の興味は俄かに動いた。何故なら私は骨董品が大好きであり、その為めに段々と奥深く入って、斯う云う趣味が矢張り悪と同じであり、又此の趣味が私の悪心から出ていることを悟るようにさえなったのである。(之は一般の骨董品愛好家には当て嵌まらぬ説であるが、私に丈は適切なものであり、又私自身が経験から割り出した思想なのであるから、私丈には間違いでない。モルヒネ中毒者や変態性慾者、精神病者、悪人それらの人は主に小さく部分的な人工美を愛する傾向があり、愛情の広い人、ゆっくりと落ち着いた博識の哲学者、農夫、健康の人等は遠く広く、やや粗雑な広角的な自然美を愛する性情を持つと云う点は私が態々主張する迄もなく一般の事実である。たとえ時々例外はあっても、その為めに如上の通則が全然破れる事は出来ないであろう。もう一度云う。悪人は近視的であるが、その眼球はアナスチグマットレンズのようにシャープである。善人は遠視眼である。それで、遠くの地平とか天空とか云う大まかなものをデテール抜きにしてぼんやりと鈍感に眺めやるのである。そして之等の規則は半分許り真実である。)[#「(」「)」は、「(」「)」が二つ重なったもの]
「此の
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