。分る訳がない。
「先生は私にその悲しみを打ち明ける為めに、私を此の室へ眠らせたのですね。それが本統の目的で、私の頭を平静にさせるのなんか、二の次若しくは三の次なんですね。」私は快活に笑った。
「いや、そう思われては困る……」と痩せた老人は皺だらけな笑い方をした。そして泣き相に興奮して私を見詰めた。それらの行為は皆決して尋常ではなかった。何かしら秘密が影を造って、我々の間を暗くしていた。
「それは……お前は可愛らしい。それに相違ない……」と軈て彼は独語する如くに云い捨てた。「けれど、お前が可愛らしいから、私が悲しみを訴えると思い取っては困る。私は色々のものを恐れるが、その中でも一番誤解を恐れるのだ。」
 此の言葉は私を一驚させた。他の目がない所で、一人の相手に悲しみを打ち明けるのは、恋を打ち明けるのと同じだと云う推定法を此の老人も心得ていたのである。
「奇態ですな……」と私は一人で云った。
「全く、奇態と云っても……まあ好いだろう……それに近い。」と院長は無茶苦茶に答えた。彼は又慌て出していたのである。
「例えば此の壺だが……」と老人は稍悲壮な表情になった。私も眤《じ》っと壺を睨めた。
前へ 次へ
全146ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
松永 延造 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング