れが一度も子供から親切にされた覚えのない母親であって見れば、尚更の事である。
母親はよろけ乍ら、隣家の方へ駈けて行った。然し、此の喜びを、そうたやすく他人に打ち明けてはなるまい、と思ったか、再び我が家へ走って来て、声を上げて、息子の簡単な手紙を読んだ。声の終りの方は小鳥のそれのように顫えた。人が文字以外の文字を読むのは実にそんな時である。簡単は立派な複雑になり、ほんの西瓜の見張り小屋のような文章が、何だか有難く宏壮なお寺様のようになって了うのである。
母親は誰かしらに此の喜びを分け与えねば、自分の体がたまらないような気がして来た。それで又家を出て見ると、彼の女が貸した金を仲々返して呉れない男の何人目かの子が、直ぐその弟を背負うた儘、転んで了って、重い負担のために、起き上る事も出来ず、藻掻いているのに、行き会った。母親は急いで、子供を抱き起し、「可哀相に……」と繰返した。
「之は利息だよ。」と子供は帯の間から十銭の紙幣を二枚出した。
老いた女は少し顔を赤くして考えた。お金が哀れな人の所へ行って、利子と云うものを盗んで帰って来ると……
「そのお金は少いけれど、お前のお父さんと、お母さ
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