で、それから運転手に訊いた。
「B迄行くのですが、車の何方側へ多く日が当りますか。」
「右側ですよ。」と運転手が答えた。
「では、お母さん。私が右側へ座ります。お母さんは日影においでなさい。」
 之は暑い日の出来事であった。眠相であった運転手は不図目を上げて、幾らか恨めし相に青年とその母を見やった。彼は吐息を一つすると、直ぐ車を動かし初めた。走って居る間中、運転手は故郷へ置いて来た自分の母親の事を、あれから之と懐い続けるのであった。十日程前、手紙で母親を騙し、十円の金を送らせて、全く無益な酒色の為めに費して了った事が、彼自身にも口惜しくて、彼は思うさま大きく警笛を響かせた。それから、態と行路を替えて、廻り道をし、車上の老いた人へ日光を当ててやろうかとさえ考えたが、不意に眼へ一杯の涙をためて了ったのであった。
 親と子は車を降り去った。残った運転手は郵便局へ入って母へ宛てた為替を組んだ。それに添えて、「お母さん、丈夫かね。日中だけは畑へ出ず、体を大切にして下さい。」と下手な文字をも書きつらねた。
 田舎で、息子の手紙と、いくらかの金を受けとった母親の喜びは何んな風であったか? まして、そ
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