憶している。だのに、今私が抱いている手紙の表面にはそれらの字が消えて真白になっているのだ。インキ消しの薬が何時作用したと人は思うか。
「何て、うまい事だ。」と私は擽たそうに微笑した。その手紙は確かに娘からの返事であった。何と書いてあったか? 私はもう忘れて了った。けれど何でも、もう嬉しくて寒気がするような、有難い言葉が三つも四つも続け様に繋がっていたに相違ない、私は見えない娘へ何回もお礼を云って、生け垣を去った。半町も歩いて振り返って見ると、今迄姿を表さなかった娘が門の前へ淋しい水の精かなぞのように立っているのが分った。私は夢中になって、そのやさしい姿の方へ舞い戻ろうとした。娘は近寄る私を恐怖するように家の中へ逃げ込んだ。
「この位で丁度よいのだ。之が一番楽しい所なのだ。」と私は微笑んで呟くと、思い返して、その頃、宿にしていたある西洋人の家のキッチェンの屋根裏へと戻って行った。今日の楽しみが斯うして終りかけると、私はもう明日の楽しみを夢みる事に精を出し初めた。その時である。私が私服巡査につかまって了ったのは……
けれど、くりかえして云う。私は斯うしてつかまって了ったのである。何んな手
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