れる人間共の眼だ。」
 此の予感は寂滅的思想で沈められた私の心へ、よく浮び上る所の恐怖であった。私は既に犬を殺しつけて居た。そうして、彼等の怨念は決して死後迄存続するものでないのを好く確かめていた。けれどむしろ彼等の死前に於て、怨念の予覚が私の心へ喰い入って来る事は度々あった。例えば私が仕事に出ようとして長靴を穿きかけていると、足が急にしびれて、靴へ密着して了う事なぞがその證拠である。私は靄の多い朝なぞ、随分と犬が死の予覚のために苦しがって鳴くのを聴いた。次手に云って置くが、犬は豚よりも死を厭うし、殺される時の苦痛が大きいようである。ある土人が犬を殺しては喰うのを見かねて、彼へ豚を代りに喰うようにと命令を下した西洋人は好い分別を持っている。豚を殺すのも犬を殺すのも同じ殺生だと考えてはならない。世の中には決して同じものはないのである。
 犬を殺すのも、人を殺すのも同じ殺生だ。私は時々斯う叫んでは、それが誤った意見なのを悲しんだ。そうして水の上の眼、泥の中の眼を掻き消す事に努力したのであった。
 けれども私は何うしてもあの疑いを捨て去る事が不可能であった。あの疑い? そうである。父は本統に
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