離散して了う事、かたがついて了う事、私はそれを喜んだ。が、元より悪魔の心を以てではない。あの恐ろしい諦めを持った印度の王子は彼の家系が散り失せるのを何んなに喜んだかを考えて貰い度い。彼は妃を尼にさせた。息子を独身の沙門にさせた。そうして汚辱が清め洗われたのである。此の虚無的な精神は悪へのみの加担者ではない。私が一家の飛散を快く思ったのも、寧ろ半分は善良な心からであり、汚穢を葬る必要からであった。私はその頃、決して子を造るまいと心を決めていた程であった。私は生前の父が母を始終流産させているのを見た。五人の子が流れ去ったのを、私は氷河を見る時のようにサッパリとした心で眺めやったものである。
「流れて行け、流れて行け。その方が何んなに仕合せだろう。」
その頃から私は水と生命との密接な関係を科学的にではなく、例の芸術的幻影として屡ば直観した。泡を吹く夕方の沼の泥に赤く腐った生物の眼を見出したのは一度や二度でない。霧が晴れかけている河の水面に、真青な怨めしそうな眼を見附けるのも造作ない事であった。私はスペイン闘牛士のように道楽半分の残忍性を以て云った。「あああれは人間の眼だ。今に私の手で殺さ
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