当る音、宜敷い。」と彼は好く云うのである。「竹の挨拶」と彼は其れを呼ぶ。
「世界で一番美しいものは何か。」と私が尋ねた時にも、彼は躊躇なしに答えた。
「雲雀! 雲雀、天の息を飲む。」
 彼は自ら飼っている雲雀を朝早く空へ放ち、其れが帰って来て、彼の手の甲へ乗る時、嘴の先に附いている「天の気」――それは何かしら分子の様なもの――を自分の鼻孔へ吸い込むのである。何たる厭な形式であろう、然も此の形式を彼は仙人風に尊重し、何か魂の薬になる事だとさえ信じているのであった。
 彼は又、日本趣味を多分に持っていて、色の殆どない様な朝顔、昼顔、芍薬、実につまらない断腸花、合歓、日々艸なぞを大層崇め奉って、その花や葉っぱを甞めて渋い顔をしたりする。彼は花を見ては好く感奮するが、然も実を云うと彼の霊は蓮根から出る糸の様に、冷たい、柔かい、青い、植物臭いもの、又ある種の虫の体臭も混入し、眠った、爬虫類の様にソッケなく、もし、何か光が出るとすれば、それは夜光虫のと同じで、水の中にある様なものでなくてはならない。それ程彼は沈み勝ちで、何だか、夜陰の川をゆっくりと流れる浮燈籠の様でもあった。
 要するに、彼は一番
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