て騒ぐ必要もありはしまい。如何にも、尊いものは稀である。だが、稀なものが必ずしも尊くはない。
その證拠として、私は今でも明瞭に思い出し得る一友人の日常に就いて語ろう。私は実を云うと、自分自身を語る目算なのだが、その目的の為めに、却って斯んな廻り道を取らねばならないのを悲しく思う。彼の事を話して置かぬと、私の話が出て来ない。だから、彼と云うのは煙火の口火に過ぎないのだが、実はもっと濡れて湿気の多い所のある男である。
「彼とは何んな男だ?」
世界には塵芥と同じ数丈の謎がある。一日中、人と会話しないでいてさえ「何?」が私の心の中で醗酵している。「彼? 何?」それを簡単に之から話そう。
私は一時自分が犬殺しをしていた事を全然忘却していた。其れを悲しく想起せしめたのは支那人の鮑吉である、そして、彼は私が犬殺し屋であったのを知ると、大変に悲嘆して私から段々遠退いた。其れは極めて自然の成り行きである。何故なら、彼は恐ろしい人間嫌いで、その代りに、動物植物の異常な偏愛者であったのである。然し、鉱物は彼の注意を少しも惹くことが出来なかった。奇妙である。
彼は竹が一番好きである。「竹と竹、コチコチ
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