云い廻しに於いて、彼は最も悪いものを優雅に見せようとする。或いは又、暗怪と虚言との中に、彼の理想(即ち人を殺す事)をうまく嵌め込んで、
「おい、君はB市の市長が床の上で死んだと思っているから、お芽出度いね。ウム、秘密を知っているのは私丈だよ。実はね。実は、R公園でグサッとやられたのさ。お供のやつが大急ぎでその死体を家へ運んで了ったんだ。それで……つまり……床の上……と云う事になるんだ。いや、検べてみると病気で死んだ積りになっている有名な人々が、随分非業な最後をやっているのさ。」
 斯んな虚言程無気味なものがあろうか。斯んな虚言を吐く男の眼は何んなに上釣り且つ濁りつつ光っていることであろうか。
 真に私自身も亦此の男の如くであろうか。おお、私は常に殺人の秘密な意図で心を波打たせている。私が殺してやろうと思っている或る人間の眼が、泥の中や水の上へ浮んで腐ったように赤くなっているのを見る事がしばしばある。けれど私は臆病な空想勝ちな燻ぶり返った一人のセルロイド職工に過ぎない。

   支那人鮑吉

 尊いものは稀である、と哲学者は云っている。成程、其れに間違いはない様だ。あったとしても取り立て
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