何を絶望するのか。我々の仕事は無駄ではない。唯眼に見えて効果が顕れない丈で、少しずつ潜在的な力が出来て来ているのである。諸君は雨だれを観察した事があるか。私は知っている。あの雨だれを見て貰いたい。それは立派な透明な球の粒である。全くそれに相違ない。そして地へ向って走る前に、生命あるものの如く顫え出す。其れが走る力の養成される有様である。それは走る運動そのものではないが、然もそれに持続した力である。進行の前の足踏みである。顕著な運動ではないが、非常に重要な力の養成である。
 諸君は如何に思うか。我々の運動が顕著でない時が、即ち我々の力を養成する好機である。効果が目に見えないでも、之は重要な一つの過程である。当にせねばならぬ行為である。
 強盗が六人の人を殺し、悪い親が幼児を鉄槌でなぐり殺しても、悪い女が継子を天井から縛って吊し、その下で、もう一人の貰い子へ焼火箸を当てて、肉の煙りを立たせても、サディズムの男が女の指を切って食べ、学生が親友をバットで打ちころし、兄妹が通じて畸形児を出来したと云うような事件の傍らにあっても、我々は一生懸命に我々の顕著でない仕事に努力しよう。真心と智慧とを
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