一に合せ、何よりも倦む事を恐れつつ進んで行こう。
不正な権威や腐敗せる社会へ反抗するための憎悪心――それは立派な徳の一つであり、現代に於いては極めて重要な感情の一つである。そして涙だらけな萎縮的な所謂「善」がこの種の憎悪心の行使に対して一つの阻害となる事も確かである。
然し、憎悪心の行使がその方向を過《あやま》る時、我れ我れは其処に初めて、恐る可き破綻を見るのである。職工とミサ子との場合は全くその好適例であろう。
それ故、憎悪心を何のように使い分け、何のように按配するかと云う事は、現代人に課せられた最も重要なそして最も困難な問題である。
だが此処には何がある? 今の私は余りに強い紛乱の中に落ちていて何も分らない。唯だ予想する。必ず未来に於いて、再び道は開けるであろう。忍耐せよ。何故にとは問うな。唯真直ぐに信じ、熱心に忍耐を実行して行くのである。そして此の事が私を勇気づける唯一の力となるに相違ない。斯んなに迄忍耐するからには、何か人間の理性の中に、きっと善いものが秘んでいるのだ。それを堅く予期せよ。外部に疑いが起ったら、眼を閉じて内部を見よ。
一通り悲しみが過ぎたら、必ず又直ぐ
前へ
次へ
全146ページ中144ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
松永 延造 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング