て見た覚えがない――と思われる迄、身を取り乱して、大きい小さい荷物を片附け出したのである。それは何のためか私の解釈に苦しむ所であった。母は斯んな忌わしい方角の家は捨てて、新しい幸福な所へ住み替え、悪い思い出を一切打ち消したいと丈語るのであった。私は何も分らずに、其の命令を受け入れねばならなかった。庭に植えてある色々の草花を鉢へ移したり、ミサ子の下駄を取り上げて見たりして、私はいくらでも尽きずに出て来る悲しみを泣く事が出来た。
警察の方へは早速ミサ子の捜索願いを出した。
移転をしてから十五日目――ああ何と云う空漠とした、然も紛乱した心持の十五日であったろう――が過ぎた時である。警察官が突然私を訪ねて来た。
「おおミサ子は何処に居りましたか?」私は恋しい女性の居所を知る事さえ、いやその歩いた道を知る事さえ、胸の裂けそうな喜びであった。
「いや、その事ではないのです。実は伺いたい点があるのです。そのミサ子と云う方――即ち貴方の妻――は妊娠して居ったでしょうな。」
「はい、現在妊娠しているのです。」
「実は申し上げにくいが、以前貴方の棲んで居た家の縁の下にですね、女の――若い女の衣服で包ん
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