いたのであるが、母はもう到頭我慢がし切れなくなり、自分から自分に敗けて怒りを発して了ったのである。
「お前……」と母は私を蔭へ呼んで尋ねた、「お前、結婚前にも、その覚えがあるのですか?」辛い質問! そして痛い思い出が此処から初まる!
 ああ、私は何と云う機智と奇才のない鈍物であったろう。「いいえ、」と云う正直な答えより他には、一寸好い思い附きもなかったのである。私が悪い、もうそれに相違ない。ミサ子を許そうと心掛けているなら、何故、あらゆる点に心を細かく働かして、許すための計らいをするように努力出来ないのか? 私は自分を叱り、自分を噛み破っているのだ。
 俄然、ミサ子は家出して了った。それも夜中にである。勿論彼の女は私の室に臥なかった。私は十二時頃一度目覚めて、泣いている彼の女を台所迄呼びに行った。すると驚いた事に、彼の女はそこの板の間に自分丈の布団を布いて臥ていたのである。顔は蒼白になり、息づかいが荒く、何か強い苦痛を耐えているように、額へ水を浴びたと思われる程汗をかいているのであった。おお私はもう此の先を話せない。
「畳の方へお行き、私は何とも思ってはいないよ。母の事は許して呉れてね
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