、天に向って悲愁と痛恨の叫びを投げた。ああ眼球を繰り抜いて投げだしても間に合わないではないか。
「微笑! 許して呉れ。ミサ子の霊よ。ミサ子の口元よ。許して呉れ。まざまざと眼に見えて来る。私の脳髄に彫附けられたその微笑! 一番優しいものの恐ろしさ!」
 けれども声は甲斐なく消え、風は凪ぎ、そして、あの闇、始終その中で私が悪事を働いたあの闇が、私の火傷したように脹れた肉体と精神の上へ蔽いかぶさるのであった。それは実に並ならぬ、世の常ならぬ暗さであった。

   (退職教員の付記)[#「(」「)」は、「(」「)」が二つ重なったもの]

 哀れなセルロイド職工の手記は此処で終って了っている。
 けれど私は何う説明したら好いのであろう――事件は複雑で、その上に私の心は鎮まって呉れない。自分丈にはスッカリと分っている事が、いざ説明し、弁明し、闡明しようとすると、皆漠然として了い、もう物語の端緒が見附からなくなる。私は長い時間かからねば話し尽せない事件を、まるで絵図のように一度に展開したいので、却って混乱へと落ちるのである。
 何故、ミサ子は死なねばならなかったのか? 之が一番初めの、そして一番六ケ
前へ 次へ
全146ページ中133ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
松永 延造 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング