の悪い疑念を鞭打った。
 私は何を見たのか? 骨の壺に刻まれたアラビヤ文様の幻影であるか? 或いは美女の幽霊であるか? それである、一人の美しく若い処女――それがあの免職教員と睦まじく肩を並べ、向うの方へと曲って行くのである。
 あれは盗みをした可愛い娘ではないか? 何故今頃、教員に用があって、面会するのか? 何故二人はあんなに楽しそうなのか?
 ああ、そして私は何んなに淋しく沈みかえり、妹を手元から失い、敵をこの街から逃して了ったか? 私の慰安は一体何処にあるのか? 前に関係した二人の姉妹も絶交を申し出し、そして、行衛をくらまして了っている。ああせめて、あの妹娘の方丈でも、私の傍らに居たら……
 だのに、彼処を見よ。若い教員、そして新鮮な美女! 二人は一緒に巣を造る二羽の小鳥のように舞っている。おお、あれは教誨する師と、懺悔する教え子の姿ではない。たしかに無い。
 嫉妬? それに似たものが暗い雲のように私の心を埋めた。私は勢いづいて二人の影を追い駈け、そして二人の間へと、無遠慮に割り込んで行った。
 処女はいじけた小鳥のように顫えた。そして教員は? 彼は沈鬱な表情で私を見上げた。私は
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