こへきた院長の挙動や眼附でもって、以上の推察を下し得るんです。」
「いや、事件はもっと複雑に違いない。あの骨の女性は父とその兄との共有物、もしくは互いに争奪しあった宝石だったんです。此の事は父が前にも三度程打ち明けたのだから、疑いのない話です。それで父の兄は極く秘密に女を殺したんですね。それも父の話の様子で大概推察されるんですが。貴方分りますか?」
「私は何も信じません。好い加減な芝居をかく事はお止しなさい。私は唯貴方の反省を促すんです。」斯んな風に話は再び当の問題へ戻って行って了ったのである。
それから間もなく私を何より不快にしたのは、院長の子息が可成りな金子を持って上海へ渡って了った事件であった。
けれど、私は最早、その跡を追うまいと諦めた。又追うにしても、それ丈の金が懐ろにはなかったのである。私は再び憤怒に似た或るものを感じ、自分の不甲斐なさを悔い初めた。ハムレット風な憂悶は絶えず私の前額を蔽い、眼の光りを曇らせた。
「妹よ。許して呉れ! ああ私が悪い。そして周囲が悪いのだ。空間も時間も皆間違っているのだ。」
私は斯う呟きながら、不図ある一点を注視した。ああ、そして私は自分
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