い、苦しい、』と叫びやがった。当り前よ苦しくない訳が何処にあるんだい。」酔い痴れた未知の人は、そうして自分の道を歩いて行って了った。
 青年は暗い顔になって呟いた。
「人がそんな風に鞠のようになって好いのか? 人が?」
 けれども読者よ。人は色々な人間らしからぬ別のものになる虞れがある。現に此の青年も何かしら他の玄怪な存在になりかけているのであった。それを證明するため、私は彼の自伝をここに掲げたく思う。
 次の章に於いて、今後「私」と云うのは、実に「彼」の事なのである。もしくは「何時か善良に帰る傷ついた霊」の事なのである。

   玩弄さるる美

 一番初めに云って置きたいのは、私が物質上の貧困者であるに拘らず、贅沢過ぎる心を持っているという悪い惨めな点である。斯んな外部条件中に投げ出された斯んな霊と云うものが、何んな変化を取って行くか。
 単に空虚な妄想を追う事の他に、私はもっと現実に接近した慰安を求め得なかったであろうか。人々は次の言葉を何と思うか。
 妄想と現実との中間に座って蠢めく私は、確かに又、仮定と実際とを折衷しつつ何かしら、諦め深い、そして優雅を通り越して、児戯に近附く類
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