いを取り去り、丸顔の少女のような鶏卵を主婦達に見せびらかした。
「おかみさん! 地卵を買ってくんなんねえか。新らしいだよ。皆生れた日が鉛筆で印してあるだが、」と私は実直に云った。
「いやだ。いらないよ。」と若い女は答えるのが普通であった。
「でも此の上皮の工合を見て呉んろ。新らしいだよ。俺の爺さんが道楽に鶏を飼ってるんだからな。餌代丈になりゃ好いだよ。安くしとくだ。店で買えば七銭から八銭迄するだ。俺あ五銭で置いてくだ。」
夫人は何気なく起き上った。そして卵の肌へ手を触れて見た。彼の女は自分の可愛い子がもう卵を食べてもよい程に育ったのをつくづくと感ずるらしく、思いやりの深い眼で眠っている幼子の方を見やったりした。
斯うして卵は直きにかたがついて了うのであった。私は時々自分の身をツメって叫んだ。
「ああ罪だ。罪だ。あの卵の中、三分の一はもう腐敗してるだろうに……」
けれど私は何うしてもやめられなかった。それで、一日五十個以上は売らないと云う戒律を立てて、此の商売を続けて行くのであった。そして悲しい事に、こんな新らしい悪事が何でもない習慣に変じて行った。
初めが終り
ああ此の商売を何処迄も続けて行けたなら、私は何んなに都合よく暮せたろう。けれど例の通り遂に一つの支障が起った。私は一人の美しい娘に見惚れて了った。それ丈の事である。だが何と云う美しい娘であったろう。それを何う説明してよいかが分らないので私は苦しい。あの洗われたような娘はいつも苦しそうに肩で息をする癖があるが、決して妊娠をしているのではなかった。いや彼の女程に純真な処女が又とあって好いものだろうか。序でに云いたす事だが、私自身が大変に毛の薄い男であった為か、私は毛の多い女を此の上もなく好んだ。そして丁度その娘と来ては髪の毛が沢山で長かった。その癖、うす鬚なぞは一寸も生えていなかった。(実を云うと鬚が生えて居ても毛の多い女の方が私は好きであった。)[#「(」「)」は、「(」「)」が二つ重なったもの]つまらなくとも聞いて下さい。
私は此の娘を毎日見ていないと悩ましい気持になった。私は娘の居る都市から他の都市へと移る勇気がなくなって了った。私は到頭一つの場所へ居据るようにさせられた。
何うしたらあの娘と関係をつけることが出来るだろう。それを思い廻らしては一日が早くのろく過ぎた。郊外の大部分を私はそんな風にして卵を売り歩いて了った。あんな卵を二度繰返して買って呉れる主婦は決してないであろう。
私は考え労れてはあの娘を見に行った。私はその時出来る丈上品な身なりをして、汚い卵屋とは似ても似つかぬしとやかな大学生風な青年になりすました。そんな事は私の得手なのである。
娘は私が毎日彼の女の家の廻りをまわるので、もう好く私を記憶し、注意していた。彼の女は私を悪い人間だとは疑っていないらしかった。何故ならば、彼の女は私の事を母親へ告げないでいるのが明らかだった。(娘と云うものは自分の好かない気味悪い男の事は直ぐ母親に告げて助けを乞うのが常である。)[#「(」「)」は、「(」「)」が二つ重なったもの]娘は段々と私がしたい寄って行くのを待っているようになった。私が出掛けて行く時間を遅らすと、彼の女は心配して外の生け垣へもたれて立っていたりした。けれど私が近づくと彼の女は未だ恐れているように庭の中へ逃げ込んで、樹の葉の間から私を窺った。娘の息がはずんでいる事は、彼の女の眼が落ち着いていない事で直ぐ推察されるのであった。
「おおあの娘は私を思っていて呉れるのだ。何て世間は上手に出来ているのだろう。私達はもう思い合っているのだ。眼丈が体の他の部分より一足先に交際を初めたのだ。」
斯う云う野合の楽しみときては人生の中で最も大きいものに相違ない。自分の友人の妹とか、主人の娘とか、召使いとか云ったふうな女たちとの恋は未だ中々本統の恋と名附ける事は出来ない。そんなのはむしろいたずらな機会が生んだ無意識的な退屈しのぎに過ぎまい。
娘の方でも私に焦れている。二人が我慢して、眼を見交している。之は実に胸がつまる程嬉しい事件ではないか。何うしたらあの娘と関係出来るか? その謀みで私は夢中になり初めていた。大胆にやり過ぎれば娘を脅やかして了う。小胆にしていれば、何時迄もあの娘を手に入れる道がない。だのに娘はもう待ちぬいている。手に入れて呉れと嘆願している。そして運命もそれを要求している。神も微笑み乍ら見て見ぬふりをしている。私は何うしても思い切ってやり遂げねばならないのだ。そう思うのは何と嬉しい事ではないか。やり遂げれば成功するにきまっているのだ。
「畜生め!」と私はこみ上げるむず痒さを押しこらえた。もう嬉しくってたまらなかった。それが悪いと誰が云おう。
「よし今日こそは思い切ってやり遂げ
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