遇すると、しばしば烈しい悩乱となり、後者は自己の不幸に遭遇すると、しばしば孤立的な枯渇を来すものらしい。
 私の眼があやまりでなくば、ラオチャンドは遂に、冷い理性の捕り児となった事を、行為の端《は》し端《ば》しに表した。
 けれども、仕合せな事に、彼れの身体の方は段々と盛り返して行った。そして、しまいには、僅かずつの歩行を医師から許されるようにさえなった。
 或る月の明らかな夜である。彼れは何を思ってか、二階の物干し台へそっと一人で昇って行こうとしていた。鉄の梯子《はしご》へ縋《すが》って、月光の下にうごめく彼れの後ろ姿を目撃した私は、一種危険な気持ちに打たれて、思わず、足を早めつゝ、彼れのあとを追った。(何故なら、その一週間前、施療部の一肺患者が寝台の鉄柵へ帯を懸けて、首を縊った。非常な努力を以てでなくては出来ぬ、蹲《かゞ》んだ儘の縊死を、この機会に私は初めて実見したのであった。)
 私が台上へ達した時、ラ氏は既に東寄りの手すりへもたれかかって、遠く居留地の方を眺めやっていた。
「少し動き過ぎますね。」漸く彼れに追い着いた私は、なじる心を混ぜて、そう呟いた。
「それに笛なぞを持って、
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