ラ氏は侮辱されたような顔付きで眺め入ったが、軈《やが》て、
「私の血が再び動き出した……」と、悲しそうに私の方を振り向いて呟いた。
「それより、静かに臥さねば……」と、私も亦落ちつかぬ心で彼れへ言った。
「私の国では、寝た儘で祈るという風習はない。」と、彼れが頑固に返答した。そして何事かをパーリ語で唱えては、体を前後に揺するのであった。

     七

 再び美しい月の夜が来た。
 私は以前に一度経験したと全然同じ情景を、月光の下に見出して少からず驚かされた――ラ氏が唯だ一人で、物干し台の鉄の梯子をよじ登ろうとしていたのである。私は長い廊下を急いで、彼れの跡を追って行った。そして、広く冷たい天空の直下で、漸《ようや》く彼れと向き合う事が出来た。
「骸骨《がいこつ》が斯《こ》んなに歩きます。」彼れは弁解するというより、寧ろ、陳謝する如く、そう私へ囁《さゝや》いた。私はその一言を聴くと、最早|何《ど》んな難詰の言葉を見出す力をも失った。そして、この夜こそ、恐らく、彼れが大きな天空を眺めて楽しむ最後の時となるだろうという事を、独り黯然《あんぜん》と予覚するのであった。
 この美しい月光の宵
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