十分だった。
 斯うして彼れは再び血を吐く機会に行き会った。彼れはそれを「生命の支払い期」と戯れて呼んだ。
 ある時の如きは、止め度なく口から血が垂れるにも拘らず、彼れは態と身体の安静を破って、烈しく起き上り、声を立てて、天へ祈りを上げ初めた。
 最早、医師の誰もが、ラ氏のこんな行為を制止しようとは試みなかった。何故なら此処は施療部である。若し施療室というものに頭脳があるなら、それはきっと斯ういう苛酷な思想を持ったに相違あるまい――
「地上に於いて、実用に適さぬ生命は早く天へ送られる方が好いのである。」
 私は恐怖の眼で友人ラオチャンドを見やった。痩せる丈痩せて、昔日の面影もない彼れはベッドに坐して、体を前後にゆすっていた。彼れの眼尻には血の飛沫が一点、アミーバの拡大図のような形ちで付着していた。板の間の上へ置かれた、古い洗面器には、彼れの吐いた血が鎮まり返って溜っていた。
 と、其処へ、何を慌ててか、一人の助手が肘《ひじ》を縮めながら、駆け込んで来た。彼れはいきなり板の間の洗面器へ、粗忽な足の先を突きあてた。血は丁度嘗て人間の体内に居た時の如く、波打った。丸い波紋が次々と表れるのを、
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