うな奥深い眼で、青年の為す所を凝視していた。
 青年は六つの指をそれ/″\の穴に当てがい、遂に決心して、笛の口を自分の唇へと接近せしめた。
「危い!」と、ラ氏は言った。そして立ち上りざま、青年の手からは笛を、机の上から花束を、一時に取り上げて、幾度も深くうなずいた。

     六

 ラ氏の心持ちが段々と穏かなものに変化して行った時、却って、彼れの身体が疲弊を増すのみとなったのは悲しむ可き事である。
 退院の予定は全くくつがえされた。然《しか》も最早一銭の貯えをも彼れは持ち合していなかった。
 院長はラ氏の経済状態を十分観察し、その上、もう余命が長くないらしいのを了解して、彼れを施療部へ移す事を承諾した。
 若しこの世に、天国と地獄とを兼ね具えたものがありとすれば、それは確かに施療室である。
 何故なら、其処では救助と残虐とが、日を同じゅうして行われるからである。
 死と向い合って坐する幾日を、ラ氏はこの苦しい施療室で過し、曽《かっ》て住みなれた三等室に憧憬の心を寄せ通した。
 彼れは金銭を全部失った日から、又急激に痩せ初めた。この事は人と物質との微妙な関係を我れ我れへ承認せしめるに
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