《よい》、私と彼れとは短い時間の内で、極めて多くを語り合った。
 色々な会話の中で、殊に私の注意を惹《ひ》いた部分は次の三つに他ならなかった。
 ラオチャンドは言った――
「私の手に手袋がはまっている。私が手を動かすと、手袋も斯んな風に動く。然し、(此処でラ氏は手袋をぬいだ。)手から引き離すと、労《つか》れたようにうなだれて、もう決して動かない。不思議ではないか。」
 又、ラ氏は物語った――
「私の叔父に書物を広く読んだ、優れた人があった。彼れは矢張り私と同じ疾患で仆《たお》れたが、病臥の日の中で、私へ斯ういう事を教えて呉れた。
 ラオチャンド、分るか。月が虧《か》けている時、それは本統に半分を失って了ったように見える。けれど、実は何者をも失ってはいないのだ。私が不意に居なくなるとしても、それは月の部分が虧けるようなもので、実は何も変った事は起っていないのだ。」
 この言葉につれて、二人は思わず頭上の天を眺めやった。私は深い困惑に落ちて、この異国人の旅愁を少しでも和らげてやりたいと願った。然し、ラ氏は最早全く感情的なものから遠ざかって、平和に微笑んだ。
 更に彼れは斯う呟《つぶや》いた
前へ 次へ
全20ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
松永 延造 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング