うな色合いの皮膚をしていた。彼の女の黒くて長い睫毛や、濡れたような暗い色の眼等は、何れも彼の女が純粋のアリア族である事を証拠立てていた。)
さて、私は彼の女を態と避けて、梯子を六七段下った。そして二人の若い異国人が之から何事を為すのか、少しばかりの興味に繋がれつゝ、眼|丈《だけ》を台の上へ表して、待ちかまえるのだった。
初めの内、二人の動作は顕著でなく、二人の言葉も途絶え勝ちであった。けれども、私の想像力は活発に動いて、自分の理解出来ぬ点迄をも、強いて理解して了った。
つまり、女は頻《しき》りに愛を訴えた。男はそれを冷い理性で疑った。女は軈《やが》て男の周囲をめぐって歩き初めた。けれど、男は眼をさえ動かさず、下を向いて黙っていた。
最後に女は胸のあたりを、縮めた指で掻きむしり、腰を柔かく左右に振って、じれた心持ちを表した。すると、男は遂に横笛を取り上げて、ほんの一節丈を吹き鳴らした。女は喜んで両手を打ち合した、腕環は揺れて、軽く快い響を立てた。
男は直ぐ横笛を女に突きつけ、吹いて見ろという意味を英語で言った。女は驚いて身を引いた。ただそれ丈の事であった。
二十分程も、尚お平凡な会話が続いた。私は遂に耐え切れないで、再び物干し台の上へ昇って行った。
女が慌てて帰って行ったあと、ラ氏は私を招いて笑い、「魔女を追い払った」方法を私が見ていたかと尋ねた。彼れは私の質疑に答えて、斯《こ》う説明して呉れたのである――
「あの女は昨晩も来た。一昨晩も来た。そして、医師や看護婦の見ていぬ所で、何かしら重要な相談をするため、私に会いたいと要求したのです。私はこの屋上で出会う事を彼の女に許した。彼の女は約束の時間に此処へ上って来た。そして、私の病気が治り次第、彼の女と結婚して呉れと、嘆願するのでした。私はそれを聴き入れなかった。何故なら、彼の女が二十円ばかりの金を至急に借りたいため、私へ結婚の申し込みを敢てするのだという事が、はっきり分っていたからです。二十円? 何うしてそれが大金でないと言えよう。私は一週間後から、施療にして頂く身ではありませんか。
成る程、貴方は私が笛を吹いて後、彼の女へもそれを吹くようにすゝめたのを、不思議がっていらっしゃるけれど、考えて下さい。それは私の病気を恐れている彼の女の心をためすためにも、彼の女を大急ぎで追い払うためにも、是非必要だったのです。」
言葉は簡単で、にべもなかったが、その中には何かしら取りとめのない諦めが含まれているようであった。
彼れが最近何れ程、孤独に安んじ、自ら足る事以外に何物をも求めぬかを私は今更知って驚いた。
五
然しそのような愛情の行き違いから、唯一の女友達をさえ失って了ったラ氏は、時とすると、満足な心の中に、尚お嶮しい寂しさを感ずる事もあるらしかった。
そんな寂しさは彼れの胸中で幾分か変化して、次のような意地悪い行為となって表れた。
一週間後のある夕暮れ、ラ氏を不意に訪れたのは、某教会の日曜学校を監理している三十格好の好青年であった。彼れは最近にその愛妻を失ったとかで、態と質素な服をつけ、ボタンなども取れたものは取れたままに放置して、そんな無造作を楽しんでいる風さえ見えていた。
彼れはいきなり一面識もないラ氏に色々の慰撫的《いぶてき》な言葉をかけた。けれどもラ氏は少しも喜びの色を表面へ現さぬばかりでなく、何を思ってか、「悪魔退治」という印度の脚本の事を語り出した。(この脚本は過日マセドニヤ丸乗組みの印度人達によって、実演された相である。)それから彼れは引き続いて、
「エスキモーの国には悪魔という言葉がない。だからエスキモー人へ向って、我れ我れがいくら悪魔の事を説明しても、そんな悪い者が此の世に居る訳もないといって、承知しない相だ。」というような話しを、さも羨まし相に物語るのだった。「神と一緒に悪魔を案出する程なら、その何方をも案出せぬ方が宜敷《よろし》い。」
教会の青年はこの異国人の心持ちが了解出来ぬらしく、不可解な微笑を浮べながら、立ち上り、廊下に置いてあった花束の一つを取り出して、それをラオチャンドに与えようとした。
その拍子にラ氏はすかさず例の横笛を取り出して、私の制止をきかず、印度の古調の一節を吹いた。青年はその不思議な節回しに耳を傾けつゝ、何かしら自失したように、呆然と立っていた。
一節が終ると、ラ氏は直ぐその笛を青年の前へつきつけて、「プレイ、プレイ。」と重い音調で要求した。
「下手ですから……」と、青年は拒みかけた。
「それなら、花束も貰わない。」と、ラ氏は恐ろしく絶望的な表情をして呟いた。
この時、青年はラ氏の心全体を直覚的に理解して、驚きの眼を瞠《みは》った。そして白い小さな手を出して、横笛を取り上げた。
ラ氏は夢見るよ
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