…
[#ここで字下げ終わり]
九
最後に、私は此処で、ラ氏が言い遺した一つの思念を想起する。
「私は何んな場合でも、極く自然に、幸福を自分のものとした例を知らない。何時も不幸でもって、幸福を買ったのである。」
それなら、最も大きい不幸たる彼れの死を条件として、漸くに買い取った幸福がありとすれば、それは一体何物であったろう。
私は思う。それは彼れが日本の地で持ち慣れた横笛を故郷の母へ無事に送り、その笛をして「汝の息子は平和に息を引き取った、そして、汝の息子がこの地上から影を隠すという事は、結局、月の一部が虧けるのと同じで、本統は何一つ失われて居ないのである。」という諦認を物語らせる事に他なるまい。
然し、幸福というには足らぬ、そのような浅い喜びを除いたなら、他の何処に彼れの死を以て買った幸福が発見されよう。私は全く、その問いに対して、正しい答えの出来ないのを寂しく思うのである。
(昭和二年)[#地から1字上げ]
底本:「日本文學全集70」新潮社
1964(昭和39)年11月20日発行
入力:伊藤時也
校正:小林繁雄
2001年5月22日公開
青空文庫作成ファイル:
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