ある。韋莊の※[#「麗+おおざと」、第3水準1−92−85]州遇寒食城外醉吟に好是隔簾花影動、女郎撩亂送鞦韆とあるのも、恐らくは鞦韆の繩を花さける枝にかけた光景を詠じたものであらう。もとこれ北人野外の樂であるとすれば、特に其爲めに柱を設くる事なく、天然の樹枝を其儘に利用して之に繩をさげるのは當然のことで、從て之を移して家庭でやる場合にも、それに則ると云ふことはあり得る筈だ。唐代のみならずそれより以後の時代に在りても、必しも柱を立てると限らなかつたことは、元以後の詩人の鞦韆詞によりても略ぼ察せられるが、然し野外だとて決して柱を立てなかつたと云ふのではない。況や之を院落玉砌に移し行ふに至りては、天然の樹枝を利用するよりも、特に柱を設ける方が却へりて普通であるべきで而かも風流を競ふ場合には、柱に繍を螺状に卷きつけ、繩も色どりたる絹を以てすることもあつた。周復俊の鞦韆咏には繍柱※[#「(火+火)/冖/糸」、第3水準1−90−16]紆會有縁と云ひ王建の詞には長長絲繩紫復碧とある。或はまた柱を塗り又は畫いたらしくもありて、明の蔡羽が鞦韆怨に丹楯朱干傍花砌とうたひ、同じく王問は金飾丹題綵作繩と吟じて居る。宋の楊萬里の上巳[#「巳」は底本では「已」]と題する詩の轉結には、鞦韆日暮人歸盡、只有東風弄彩旗とあるが、これはもとより野外の鞦韆をさしたものであらうけれど、家庭のものにも柱頭に彩旗を掲げぬとは限らず、且つ宋代のみならず、或は其以前にも旗を飜へらしたかも知れない。又同じ蔡羽の詩中に青絲流蘇兩頭繋といふ句があるが、これ或は鞦韆の踏臺になつて居る横木即ち架に、總を垂れて飾としたのをよんだのではあるまいか。
 主として鞦韆の枝を弄んだ者は男子ではない。此點に於て西洋と似て居る。明の王問の鞦韆行に、此戯曾看北地多、三三五五聚村娥とある。此北地は江北を斥したので、所謂北方山戎のことではないが模倣した支那の側で女に限つて居るのによりて考へると、以習輕※[#「走+喬」、736−5]とは云ふものゝ、北方山戎に於ても或は女のみの遊戯であつたかも知れない。又鞦韆をやる女の年輩は、王建が少年兒女重鞦韆と云へるを見ると、若い者を主としたやうであるが、若いと云つても今我邦で云ふ小學兒童といふ年頃よりは、いま少し長じた程度のもので、王問の詩には幼女十五纔出閨、擧歩嬌羞花下迷、自矜節柔絶輕※[#「走+喬」、736−9]、不倩人扶獨上梯とある。それより幼い者もやつたと見え、他人の力を借りるのでは貴ぶに足らぬと云つて居るが、要するに年頃になつた女子にとりての意氣な運動であつた。
 山戎の鞦韆は一年のうち如何なる季節を限りてやつたものかわからぬが、支那ではこれを殆ど寒食に限りたるものゝやうにして居る。漸く長閑になつた暑つからず寒からぬ春の日は、閨中の少女をして薄着で以て屋外の遊をなさしむるに最も適するのみならず、四圍の景物も亦大に、此活溌にして而かも派手やかな運動に相應するからであらう。鞦韆の背景を描き出した詩には、周復俊の芳草萋時花壓谷、高臺望處柳彌川といふ句、元の薩都刺の寒梅零落春雪灑と云ひ澹黄楊柳未成陰、と云ひ又畫樓深處迎春歸、鞦韆影裏紅杏肥、濛濛花氣濕人面、東風吹冷輕羅衣などといふ句、それに王問の東風桃李鬪芳辰、城邊陌上啼鶯新といふ句もある。同じ王問の詩に結束衫裙學僊擧とあるからには今の運動服のやうに裳の端をくゝることもあつたと見える。
 面白いことには鞦韆の戯が日中のみならず夜にも行はれたことである。季節が季節であるから夜の屋外遊戯の出來ぬこともないが、夜は夜でまた別の趣があるとなつて居つたらしく、寒食と云ふので火を焚かず月の光りでやつたらしい。唐の元※[#「禾+眞」、第3水準1−89−46]の英籠微月竹籠烟、百尺絲繩拂地懸と云ひ、同じく韓※[#「にんべん+屋」、第4水準2−1−66]の夜深斜塔鞦韆索、樓閣朦朧煙雨中と云ひ元の泰不花が巧將新月添眉黛と云ふもの皆春の夜の鞦韆の遊を詠じたものである。
 以上述べ來ると、簡單な遊戯である鞦韆につき、寧ろ語を費し過ごして居るやうであつて、更に蛇足を加へるに當らぬやうではあるが、然し如何にして此技をやつたか、即ち其遊戯の方法に至りても、中々興味あること、があるから、いま少し之を記して見やう。先づ服裝からして云ふならば、身輕るになる爲めにうす物を着ることは云ふ迄もないが、其外に腰に巾を卷いて兩側に垂れる。王建の詞に盤巾結帶分兩邊と云ひ周復俊の咏に翠帶雙飃翠葉搴と云ひ元の道士馬臻は繍帶斜飛亭際柳と云ひ明の蔡羽は葡萄結束相思帶と云ふのはこれだ。又動くに伴ひて音をなすやうにと鳴※[#「王+當」、第4水準2−81−5]をも佩びる者のあつた事も、王建の終睹鳴※[#「王+當」、第4水準2−81−5]鬪自起と云ひ泰不花の間倚東風響珮※[#「王
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