だ。佛蘭西から西班牙に入ればパランソアールがパランセアールに轉じ、葡萄牙ではバランソとなるとは云ふものゝ鞦韆が歐諸國中南部にのみ限りて行はるゝと云ふのではないことは勿論である。
希臘から發して西した傳播はあらまし右でとゞめて置いて、さて其東方の流布はどうであつたかといふに、ヂオニソスの崇拜はもとフリギアから起つたとも云ふからには、鞦韆も或は希臘より先きにフリギアに行はれたかも知れぬが、アレキサンデル大王の遠征と共に、此ヂオニソスの崇拜も埃及、シリア、遠くは印度まで及んだとの事であるによつて想像すれば、此崇拜と密接の關係を有する鞦韆の遊戯も、或はそれと共に印度まで傳はつただらうとも考へられぬではない。然しながらそれすら定かではないのであるからして、ましてそれよりも更に東にある諸國に行はれた鞦韆の源流を一々希臘フリギアの昔まで遡らしめることは、これ實に至難であつて、武藏野の逃げ水の行方を追ふと一般なことかも知れない。唯茲に讀者の注意を促したいことは、支那に於ける鞦韆は、支那人ですらも之を認めて外來の技となして居ることである。
鞦韆が何時の頃からして支那に行はれたものか、今之を詳にし難いが、最も早く文献に見えたのは宗懍の荊楚歳時記以外には隋書の藝文志に載せてある古今藝術圖を以て始めとするらしい。唐人の引用して居るのは多くはそれだ。但し此書今は湮滅し、引用文は諸家區々であるので、古今藝術國にあつたといふ説明の原文の、如何なるものであつたかを斷定すること容易でないが、藝文類聚や初學記や又は太平御覽、等に散見する引用文を比較すると、多分鞦韆北方山戎之戯、以習輕※[#「走+喬」、732−3]者とあつたらしい。即ち支那に生えぬきの遊戯ではなくして、北方の蠻俗の輸入されたものだと云ふ事になる。然しそれだけの説明書では、六朝時代に既に支那に行はれたことを示すのみで、其以前如何に早く輸入されたものかを語らない。そこで之を漢の武帝の時からとする説も生じた。此説の何人により唱へ始められたるかは分明でないが、唐の高無際の漢武常後庭鞦韆賦の序に考古之文苑、惟鞦韆賦未有作、況鞦韆者千秋也、漢武祈千秋之壽、故後宮多鞦韆之樂と見えるなどは最も古るきものであらうと思はれる。然しながら字典に鞦韆はもと秋千とも書きしもので、遊戯の名稱を音であらはしたに過ぎず、特に革に關係を有して居る譯ではないと云つてあるのは穩當で、此賦の序文にさも尤らしく鞦韆は即ち千秋だと書いてあるのは、如何にも牽強附會を極めたものであるといふことは何人も首肯する所であらう。千秋の壽を祈りたる者亦必しも漢武に限ると云ふのでもあるまい。是に由りて之を觀るに、別に然るべき證據が提出さるれば格別、さもなきに於ては、鞦韆の根原を漢武に歸する説は成り立ち難い。天寳遺事に宮中寒食競立韆鞦、令宮嬪笑爲宴樂、明皇呼爲半仙戯とあるによれば、唐代には鞦韆を半仙戯とよびならした者とも見えるのみならず、韆の音は僊にも通ずる。恐らくは漢武の熱心に仙を求めたのと北方の遠征で有名なのとに附會して、鞦韆の濫觴茲に在りとしたものであらう。武帝説よりも更に甚しいのは鞦韆の起原を齊の桓公の山戎征伐に遡らせやうとする説で、古今藝術圖の北方山戎之戯とあるに原づき、山戎との交渉の始まつた時、即ち鞦韆は傳來したと斷じやうとするものである。山戎固有の遊戯であるか否かをも明にせず、又何時の頃から山戎の間に行はれたかをも吟味せずして唯山戎との交渉をのみ便りに論をなすのは詮のないことだ。春秋時代に支那へ鞦韆が渡らなかつたと云ふ反證はないけれど、其後久しく文献の徴すべきものがないことを考へると、さまでに古るい起こりでなささうに思はれる。けれども荊楚歳時記に三月寒食に行ふ遊戯の中に、鞦韆といふ名目があるから、假りに此宗[#「宗」は底本では「宋」]懍なる著者の年代が稱する如くに晋にはあらずして、之を梁の元帝頃の人だとする四庫全書提要の説に從ふとするも梁代には既に荊楚地方に行はれて居つたことを明かにし得る。而して北方山戎の戯が荊楚地方に行はれ、而かも年中行事の一となる迄には、相當の年代を經ることを要することをも併せ考ふる時は、鞦韆の輸入は梁よりも早かるべく、齊か宋か或は晋かも知れぬ。して見れば同じく北方蠻人との交渉から始まり、齊の桓公や漢武などではなくとも、五胡七國の頃に既に渡つたものと見るのが妥當だと云ふことになる。
支那の鞦韆が晋か六朝の初め頃からのものであるとしても、其時代の文献では其如何なるものなるかを知ることが出來ぬ。之を詳にし得るのは唐以後のものについてゞある。唐の鞦韆の樣式には樹枝を利用するものと特に柱をたてるものとの二種あつたらしく、其うちで樹枝を利用してそれに繩をかけ架をつるす方は、本來のやり方であらう。王建の鞦韆詞には嫋嫋横枝高百尺と
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