+當」、第4水準2−81−5]とあるに徴して知り得る。扨其運動のやり方はと云へば架上に坐して人に推引させるのもありとは云ふものゝ、王建の詩に傍人送上那足貴ともあれば、此が本式と云ふではなく、やはり自分で動かすべきで、而かも西洋のやうに腰を掛けてゞはなく、立ちてやる事になつて居る。高無際の鞦韆賦に叢嬌亂立以推進、一態嬋娟而上躋、乍龍伸而蠖屈、將欲上而復低とあり、王問の詩に一囘蹴※[#「足+(榻−木)」、第4水準2−89−44]一囘高とあるのは即ち之を證する。ひらめかす爲に腰から兩側に垂れる帶も坐するよりは立つた方が、一層有意義になる。隨分と高く上ることを力めたと見えて、如何に支那式とは云へ、詩人等は皆思ひ切りたる形容をして居る。高無際は一去一來、鬪舞空之花蝶、雙上雙下、亂晴野之虹と云ひ、王建は足蹈平地看始愁、と云ひ周復俊は弱力※[#「にんべん+疑」、第4水準2−3−3]攀青漢上、笑聲常寄白雲邊と云ひ又倒垂度影天山竹、仰睇澄光玉並蓮と云つて居る。されば後庭でやつても牆頭よりも高く上がるといふのは珍らしからぬ事で、而して叨りに姿を見せぬ美人が此鞦韆をなすによりて、牆外の人から之を見ることが出來ると云ふのは、此風流戯の一功徳となつて居る。美人が運動の爲め興奮し汗になる所なども、亦一の詩材をなすので、高無際の賦には香裾颯以牽空、珠汗集而光面とあり、薩都刺の謠には、衣上粉珠流不歇、暗解翠裾花下摺とある。其外に高く上る拍子に頭から釵のぬけ落ちるのを興がつた詩人もあつた。又一個の鞦韆に二人相對して戯をなしたことは高無際の詩に雙上雙下亂晴野之虹とあり蔡羽の詩に對對來尋花下繩、雙雙去作雲間戯とあるのでも明かだ。
 時代を異にすると同じく鞦韆を詠じても、其行き方の異るといふことが、これ亦頗る面白いことだ。唐代の鞦韆の詩は、高無際や元※[#「禾+眞」、第3水準1−89−46][#「※[#「禾+眞」、第3水準1−89−46]」は底本では「槇」]、王建、周復俊、韋莊、韓※[#「にんべん+屋」、第4水準2−1−66]等上に引用した詩人の作多くは遊戯を動的に材料として採用して居るけれど、之に反し宋代の詩人が鞦韆を詠ずると、遊戯其物よりは、其運動機械及び之によりて象徴される感傷を歌ふをつねとする。蘇軾が寒食夜の詩には漏聲透入碧※[#「片+怱」、740−2]紗、人靜鞦韆影半斜と云ひ、春夜の詩に歌管樓臺人寂寂、鞦韆院落夜沈々と云ひ、同じく弱耒の春睡の詩には、青杏園林花落盡、晩風吹雨濕鞦韆と云ひ、范成大の春日の詩には夕陽庭院鎖鞦韆と云ひ、僧斯植の一片月光涼似水、半扶花影上鞦韆と云ふが如き、擧げ來ればいづれも生々と動く氣分よりも、寧ろ誠に纎細な技巧の發露に止まつて居る。一事萬事とは行くまいけれど唐宋二朝の文化の差別は或は斯く些細な點にも行き渡りて居るのであるまいか。
 此鞦韆の戯は朝鮮にも入つて年中行事の一つとなつた。東國歳時記洌陽歳時記、及び京都雜志皆之を載せて居る。但し朝鮮では寒食ではなくして五月の端午に之を行ふを習とし、之に附隨して鮮衣美食相聚娯し、稱して元の風俗を移したものだと云つて居る。關西地方尤も盛なりとしてあるが、洌陽歳時記によると年少者は男女を擇ばず、此戯をやるものゝやうに記し、京都雜志には主として女子の遊として記してある。
 我邦に鞦韆の名の始めて見えるのは經國集第十一卷にある嵯峨太上天皇の鞦韆篇を以て第一とし、それには滋野貞主の和したものが添ひて居る。又倭名類聚抄にも鞦韆の名目が見え倭名由佐波利としてある。元來日本にゆさはりと云ふ遊戯があつて、それが鞦韆に相當する所から、倭名抄に斯く收録したものか又は鞦韆の譯名としてゆさはりの語が出來たものか其邊は明かでない。但し嵯峨上皇の鞦韆篇に叙してある鞦韆は、全く唐朝のものと同じく極めて念入りのものであるから、若し當時日本に行はれたものを咏ぜられたとするなら、それは恐らくは輸入であつて本朝固有の遊戯そのまゝではあるまい。而して此鞦韆も衣服が次第に改まつたのと、其他の事情とからして遂に一旦全く廢絶に至つたものであらう。けれども顯昭の袖中抄を編む頃は、此記臆の丁度將に絶えむとする時代であつたと見え、一首の歌を擧げ、孫姫式を引用して、之を説明して居る。其一首の歌といふのは諸本共に五の句が不分明であるけれど、要するに鶯が梅が枝にゆさはりしこと、梅のむはらで尻を刺す恐れがあるから用心せよとの意を讀んだものである。
 袖中抄を最後として、久しい間鞦韆に關する文献が我國に缺けて居る。上總夷隅郡萬木城の麓なる妙見社の秋祭に此戯ありて、太平記の頃の古俗を傳へ、其名をツリマヒと稱すること、房總志料に見えたりと云ふからには、斯かる遊戯にも間に合ふべき服裝した田舍人の間には、上總に限らず保存されたかも知れぬけれど、今其跡をたづねて平
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