それでもこの種のことが絶無であったとはいえない。また各藩の士族はその藩主なる諸侯の臣下たるにおいて一様でありながら、低い階級の士族は高い階級の士族に依り、その出入りとなり、役人をもやった。公卿においてもやはり同様で、身分の高くない公卿は、五摂家などに出入りしてその家職となり執事となった。一方においては低いながらも朝廷の官職を有する一廉の公卿であるかと思うと、それと同時に他の朝臣の使用人となっておったのである。しかしてこれは徳川時代に限ったことではなく、それ以前においてもそのとおりであった。唐橋在数は大内記という官を帯びた朝臣で、同時に九条家の執事であったのである。その執事としての勤めぶりが毎事緩怠至極で不義の仔細連続したという理由で、准后すなわち九条政基は目通りを止めておいた。ところが、七草の日に在数は無理に九条家に出頭したので、九条政基ならびにその子すなわち実隆の女婿《じょせい》たる尚経は、この在数を斫《き》り殺した。二人とも下手人であるともいい、あるいは父なる准后一人が下手人だとも、または尚経一人の所為《しょい》だというが、その辺はたしかでない。殺した方に理があるか、殺された方に理
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