のだ。起原はともかく、連歌は先ず大体足利時代の特産物ともいうべきものであるが、しかしながら決して公卿の専有物ではなく、したがって武人中公家風を真似ようと思わぬ者すらも、連歌をばやったので、連歌をやる者必ず公家化したとはいえない。しかるに蹴鞠はこれと別で、公卿の真似をしようという者は、必ずこの蹴鞠から始める。これあるいは当時蹴鞠が京都で非常に流行しつつあったがためでもあろうか。その辺しかとはわからぬが、とにかく蹴鞠は公家の真似の序の口で、大名もやれば堺辺の富有な商人もやった。しかしてこれをやるものは必ず大いに余裕のある者であったから、したがって公家が地方へ出稽古をするとなかなか実入りのよかったものである。
 遠国へ出稽古というと旅行の必要が生ずるのであるが、それについては秩序の乱れた当時に物※[#「總のつくり」、「怱」の正字、356−上−15]《ぶっそう》な恐れがあろうと心配する人があるかも知れぬけれど、それにはまたそれ相当の方法を講じたものである。すなわち幕府に有力な武人の助けを借りるのだ。彼ら公卿は表面武人に雌服し、殊に将軍に対しては摂関家以上の敬意を払うことを否まなかった。さすがに
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