韻を求められてこれを書し与えたとあり、同六年には雲谷の書いた北野天神の尊像に賛詩を題したこともある。これらはたんに例に過ぎないことはもちろんである。漢籍で愛読したものの中には、『老子経』や『唐才子伝』、『黄梁夢』等の挙げられてあるのを見ると、この方面においても彼の読書の趣味のすこぶる広かったことが知られるだろう。日記永正元年五月の条に、実隆が『源氏』と『蒙求』とを講義したということが見えるが、これがすなわち実隆の実隆たる所以で、まことによく彼の才学の特徴を示している。
『源氏物語』は、足利時代の著作物でももちろんなく、また足利時代において始めてもてはやされたのでもないが、しかも足利時代と特殊の関係を有すものである。鎌倉時代において『源氏』がかなりに読まれ、行なわれたとはいうものの、それは京都の一部縉紳間にのみに限られたもので、『源氏』はまだ日本の『源氏』ではなかった。そもそも鎌倉時代には、いろいろな型の文化が芽ざし、既存の文化と相競わんとしたもので、まだ『源氏』をもって日本文学唯一の典型とするまでには行かなかった。『源氏』が文学界において独歩の勢を成し、文学といえば『源氏』が代表する趣
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