でに七十五で、またと五十四帖を写すこともできず、その残り惜しさは推し測られる。
 実隆の書はかくまでに広く上下に持てはやされたが、しかしながらその持てはやされたのは、たんに彼が上手な書家であったためばかりではない。彼の文藻があずかって大いに力あるのだ。彼は歌人であり、連歌師であるのみならずまた漢詩をもよくした。作者として抜群なのみでなく、『万葉』『古今』等の古典的歌集はもちろんのこと、そのほかに物語類、歴史類にもかなり通暁し、また漢籍の渉猟《しょうりょう》においても浅からざるものがあった。みだりに美辞麗句を連ぬるのみでなく、彼の思想の根柢には、浄土教より得たるところの遒麗と静寂とを兼ねたものがあった。慧信の『往生要集』、覚鑁の『孝養抄』、さては隆堯の『念仏奇特条々』等、念仏に関した書で彼が眼をさらした数も少なくはなかったが、甚深の感化を受けたのは、そのころ高徳の聖《ひじり》として朝野に深く渇仰された西教寺の真盛上人であった。実隆は宮中やその他において、上人の講釈説教等を聴聞したのみならず延徳三年の春三月の十五日には、わざわざ江州の西教寺に詣でて、上人から十念を授けられ、その本尊慈覚大師
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