るも、史家の職務は未終れるにあらず、史家は自證に始まり考證を經て精密となれる觀念を以て、更に史料に對し是を直接の史的知識となすを要す、史料の批評は爰に於て其終を告げたるなり。
史料の批評の困難なること實に斯の如し、而して史料中文書を以て比較的容易の者となす、何となれば多數の文書は其中に含有する事實の數極めて少くして錯綜の度深からず、一事實の觀察は其史料全體の觀察となること多ければなり、書籍に至りては批評の困難更に倍加す、而して其書籍の浩澣なるに從ひて益太甚し、其中には幾千百の事實を含有し、此事實や各其出處を異にし、然かも互に糾紛し解釋し、また解釋を亨くる[#「亨くる」はママ]者なればなり。故に書籍は其大體の史的價値を定め得たる後も、尚書中に存する各事實につきては特別の批評をなすを要するものなり、此事や明白の理の如く見ゆれども、多くの修史上の錯誤は信憑すべき者なりとの評ある書を過信して、書中の何れの事實も精確なりと速斷するより來ることを想へば、決して輕々に看過すべからざる要件なり、史料として或書籍の大體の價値を定むることは修史上極めて重要なることなれども、此批判定が書中の各事實に及ぼす
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