論じられぬものの如くにも見えるけれども、其手數を必要とせず、つまり直指人心で、階級制度に拘泥することなき點に於て、慥に天台眞言などよりも平民的なるのみならず、悟入につきて豫備の學問を必要なりとせぬこと、正に新時代の宗派である、唯禪宗が不立文字を呼號しながら其實は立文字の極端に流れ易く、それ故に其感化は武士に止まつて、それ以下の下級人民にあまり行はれなかつたのは面白き現象といはなければならぬ。
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因みに斷はつて置くが、前に鎌倉時代の文明の特徴として論じた諸の點は同時代に至りて始めて生じた者ではなく、其實は王朝の末に於て既に端緒を啓いたものである、但し機運の熟さなかつた爲めに、充分の發達を遂げ得なかつたのが、政治上の大變動と共に、一時に隆興したのである、故に文明史上に於ては、之を以て鎌倉時代のものとする方が寧ろ適當である、元來政治上の變遷と云ふものは必しも他の文明の諸要素の變遷に先ちて起るものではないが、社會百般の事物將に大に變ぜむとして未だ變すること能はず、只管に氣運の熟するを待て居る際に、之が導火線となつて大變動を起さしむるのは、多くは政治上の出來事である、而して
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