に除かれる。従って人間の眼で、何より重大視さるるものが、われ等の眼を以《もっ》て観れば、一向取るにも足らぬ空夢、空想である場合が少くない。これと同時に、各派の神学、各種の教会の唱えつつある教義が、その根柢《こんてい》に於《おい》て、格別|異《ちが》ったものでもないことが、われ等の眼にはよく映るのである。
友よ! 宗教なるものは、決して人間が人為的に捏造したような、そう隠微《いんび》不可解な問題ではない。宗教は地上の人間の狭隘なる智能の範囲内に於《おい》て、立派に掴み得る問題なのである。かの神学的|揣摩臆測《しまおくそく》や、かの独断的戒律、並に定義は、一意光明を求むる、あわれなるものどもを苦しめ、惑わせ、かれ等をして、ますます無智と迷信の雲霧《うんむ》の中に迷い込ましむる資料としか思われない。迷信の曲路、無智の濃霧――これ等《ら》はいずれの世にありても、常に求道者を惑わせる。又人間の眼から観れば、同一宗派に属するものの信仰は、皆同一らしく思われるであろうが、もともと彼等は、暗中に摸索しているのであるから、いつの間にか、めいめい任意の解釈を造り、従ってわれ等の眼から観れば、多くの点に於
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