Ein Zwei Drei
堀辰雄
−−
【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
−−
1
本輯に「栗鼠娘」を書いてゐる野村英夫は、僕の「雉子日記」などに屡※[#二の字点、1−2−22]出てくる往年の野村少年である。冬になるとよく病氣をしてゐたが、そのころはいかにも牧童なんぞになつたら似合ひさうな少年で、死んだ立原道造なども弟のやうにかはいがつてゐたものだ。が、この少年、おとなしさうに見えて、なかなかの強情つぱりで、それには立原もよく手こずり、「このごろ野村君は、堀さんのいふことなら何んでもきくが、僕のいふことなんぞきいてくれなくなつた」と、さも不平さうにしてゐた。
いつまでももう野村少年でもあるまいが、――その野村はいつかフランシス・ジャムの詩を譯したり、自分でも詩を書いたりするやうになつた。さうしてこんどはこんな小説まがひのものまで書いた。野村はいまでも鷄小屋を繕つたり、庭の椅子をつくつたりすることが好きらしい。なかなか器用なことをやるな、とおもつて感心してゐると、ときどきとんちんかんなことをしてゐる。こんど彼がはじめて書いたこの小説まがひのものも、どこかそんな野村式のところがある。まあ、しやれていへば、稚拙な味とでもいつたものか。この作品をもうすこし小説らしいものにしようと思へば、前半では森のなかで娘が栗鼠などと遊ぶところをもうすこしファンタスチックに描き、又、後半では母娘三人の田舍暮らしにもうすこし日本の田舍らしい佗びしい感じを添へればいいのだ。だが、こんな風に、なんの屈託もなく、すうつと書けてしまつたやうな最初の作品は、あんまりいぢくらせたくないので、書き直させたりなんかするのは止めにした。
2
「死の影の下に」を書いてゐる中村眞一郎は、野村がジャケット姿で鷄小屋や椅子などをつくつてゐる間、いつもヴェランダの籐椅子の上でフランスやドイツの本ばかり讀んでゐるやうな男だ。この冬もずつと僕の隣り村で暮らしてゐて、ときどき遊びにくるが、そのときはいつもその一里ばかりの道をリュックを背負つてフランスの小説など讀みながらぶらぶらやつて來る。それくらゐ
次へ
全3ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング