の本好きだから、實にいろんなものをよく讀んでゐる。彼の話をきいてゐるだけで、僕までこの頃、いつぱしフランスの新しい詩や小説の通になりだした。彼はいまジャン・ジロオドウに夢中になつてゐて、その小説を勉強がてら飜譯してゐるらしい。……ある日、その中村が背なかのリュックから、大きな紙包をとりだして、僕のところに預けていつた。それは彼のはじめて書き上げた小説だつた。四百枚もある。僕はそれを三日もかかつて讀み上げた。この小説についての抱負は中村が自分で書くはずだが、いかにも若々しい作品で、まだ下手くそなところも大ぶ目につくが、最後の方になればなるほど面白くなる。そこまでいつて、はじめて全體の骨組もはつきりと分かつてくる。そんなところ、なかなか小癪だ。こんど發表した分は、全體で三章あるうちの、第一章だけなので、まあもう少し氣ながに見てゐてやつて貰ひたい。
3
又、「塔」を書いてゐる福永武彦は、中村と大の仲好しで、中學から一高とずつと同級で、大學も佛文科を四五年前に一しよに出た。なんでもかでも、二人とも同じやうに、よく出來るらしい。福永がマラルメに夢中になると、中村はネルヴァル、又、一方がギリシャ語をやりだすと、一方はラテン語といふ風な相違はあるが。
或る夏、輕井澤でふたり揃つて自轉車の稽古をはじめたことがある。僕の家に遊びにきてゐても、自轉車があいてゐると、どつちか一人はかならず庭でその稽古をはじめる。中村はそんなスポルティフな事はぶきつちよさうなので、福永のはうがうまくなるかと思つてゐたら、反對に中村の猛練習が功を奏して、先きに乘れるやうになつてしまつた。それを見ると、福永はそれつきり自轉車は斷念したやうだつた。――そのとき一番ひどい目に逢つたのは、僕の妻の自轉車だつたらう。二人のおかげで、すつかりハンドルが曲がり、ペタルが踏みにくくなつてしまつたと言つて、こぼしてゐた。(まあ、けちなことはいふな。)
その福永も、フランスやアメリカの小説に通じてゐることでは、中村の先輩格らしい。新しいものなら大抵讀んでゐるだらうとおもふ。ジュリアン・グリインやジャン・ポオル・サルトル、それからウイリアム・フォオクナアあたりの小説を好んでゐるといへば、福永の好みがどんなものか、分かる人にはすぐ分かるだらう。
さうして福永も、中村同樣、數年前から大じかけな小説をは
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