まざまざと蘇《よみがえ》るようになり出した。
その春も末にちかい、或日の暮れがた、男はとうとう女恋しさにいてもたってもいられなくなったように、思い切って西の京の方へ出かけて往った。
其処いらは小路の両側の、築土も崩れがちで、蓬《よもぎ》のはびこった、人の住まっていない破れ家の多いようなところだった。漸《ようや》く以前通いなれた女の家のあたりまで来て見ると、倒れかかった門には葎の若葉がしげり、藪《やぶ》には山吹らしいものがしどろに咲きみだれていた。
「こんなに荒れているようでは、もう誰もここにはいまい。」男は心のなかでそう考えた。
おそらくその女も他の男に見いだされて余所に引きとられてしまったのだろうと詮《あきら》めると、その女恋しさを一層《ひとしお》切に感じ出しながら、その儘では何か立ち去りがたいように、男はなおあたりを歩いていた。すると、築土のくずれが、一ところ、童でもふみあけたのか、人の通れるほどになっていた。男は何の気なしに其処からはいって見ると、もとは何本もあった大きな松の木は大てい伐り倒されて、いまは草ばかりが生い茂っていた。古池のまわりには、一めんに山吹が咲きみだれて
前へ
次へ
全23ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング