ては全然沈黙を守っており、これまではほんの申訳のように書いてよこした端書の便りさえそのとききり書いてよこさなくなってしまった。私にはこのときはその方が却って好かった。自然なようにさえ思えた。あの方がもうお亡くなりになった上は、いつかはあの方の事に就いてもお前と心をひらいて語り合うことも出来よう。――そう私は思って、そのうち私達がO村ででも一しょに暮しているうちに、それを語り合うに最もよい夕のあることを信じていた。が、八月の半ば頃になって溜《た》まっていた用事が片づいたので、漸《やっ》との事でO村へ行けるようになった私と入れちがいにお前が前もって何も知らせずに東京へ帰って来てしまったことを知ったときは、さすがの私もすこし憤慨した。そうして私達の不和ももうどうにもならないところまで行っているのをその事でお前に露《あらわ》に見せつけられたような気がしたのだった。
平野の真ん中の何処《どこ》かの駅と駅との間で互いにすれちがったまま、私はお前と入れ代ってO村で爺やたちを相手に暮すようになり、お前もお前で、強情そうに一人きりで生活し、それからは一度もO村へ来ようとはしなかったので、それなり私達は
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